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2007年8月26日 (日)

希望

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:藤田敏雄、作曲:いずみたく
唄:フォー・セインツ
岸 洋子

1 希望という名の あなたをたずねて
  遠い国へと また汽車に乗る
  あなたは昔の わたしの思い出
  ふるさとの夢 はじめての恋
  けれど わたしが 大人になった日に
  黙ってどこかへ 立ち去ったあなた
  いつかあなたに また逢うまでは
  わたしの旅は 終わりのない旅

2 希望という名の あなたをたずねて
  今日もあてなく また汽車に乗る
  あれからわたしは ただ一人きり
  あしたはどんな 町に着くやら
  あなたのうわさも 時折聞くけど
  見知らぬ誰かに すれ違うだけ
  いつもあなたの 名を呼びながら
  わたしの旅は 返事のない旅

3 希望という名の あなたをたずねて
  寒い夜更けに また汽車に乗る
  悲しみだけが わたしの道連れ
  となりの席に あなたがいれば
  涙ぐむとき そのとき聞こえる
  希望という名の あなたのあの歌
  そうよ あなたに また逢うために
  わたしの旅は いままたはじまる

(フォー・セインツ版の3番)
3 希望という名の あなたをたずねて
  涙ぐみつつ また汽車に乗る
  なぜ今わたしは 生きているのか
  そのとき歌が 低く聞える
  なつかしい歌が あなたのあの歌
  希望という名の マーチがひびく
  そうよあなたに また逢うために
  わたしの旅は いままたはじまる

《蛇足》 いずみたくは、本名今泉隆雄。昭和5年(1930)、東京生まれ。鎌倉アカデミア・舞台芸術学院で演劇を学んだのち、昭和27年(1952)からうたごえ運動に参加しました。

 『希望』のほか、『見上げてごらん夜の星を』『女ひとり』『夜明けのうた』『世界は二人のために』『いいじゃないの幸せならば』『恋の季節』『夜明けのスキャット』『太陽がくれた季節』『帰らざる日のために』『ふれあい』『手のひらを太陽に』など、数多くのヒット曲があります。

 『希望』は、昭和44年(1969)5月1日に、カレッジ・フォークの草分け、フォー・セインツの歌で発表され、かなりヒットしました。
 翌昭和45年
(1970)4月1日に岸洋子の歌で発売したところ、通算50万枚を超える大ヒットとなり、『夜明けのうた』『恋心』となどと並ぶ岸洋子の代表曲となりました。

 なお、岸洋子版は、3番だけフォー・セインツ版と違う歌詞になっています。

(二木紘三)

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コメント

学生の時、中華の店でアルバイトをしてたことがあります。
その店の店員でキクちゃんと呼ばれていた大きな瞳の陽気な娘がいました。
「昨夜もキクちゃんが布団の中で泣いていた」と、同じ宿舎の娘が話していました。恋人を想い泣いているようでした。
「希望」の歌を聴くとキクちゃんのことを思い出します。
当時の若い私には、恋人を想い涙を流すなど、理解できませんでした。

投稿: 時代オクレ | 2008年6月20日 (金) 06時26分

人は一生のうちに何度希望を失うことだろう。大きな希望、小さな希望、諦めてまたほかの希望を見つける。この歌の通りの人生だったと最近自分の人生を振り返っています。それでもまだかすかな希望を持って朝、起きます。汽車はもう身近には走っていませんが、やっぱりポーッと鳴りながら煙を吐いて走る汽車に乗って訪ねてみたいですね。若い日に夢見た希望に!

投稿: ハコベの花 | 2012年2月18日 (土) 20時19分

いい曲ですね・・
ハーモニカが大好きで茂原の演奏会で4人で演奏・・
私はバスの担当で頑張りました。
たしか審査員に褒められて、嬉しかったのを
思い出して・一人でニヤニヤしています。

投稿: 田中 喬二 | 2015年6月11日 (木) 19時56分

この歌は決して甘い恋の歌ではないと思っています。時代背景は東大紛争から70年安保、成田闘争への日本に暴力が吹き荒れる一方東名高速の開通などオイルショックまでの大発展を遂げていた頃です。世の中はすぐ先の好況を感じつつも足元は締めていかなければならない難しい時でした。44年は東大入試がなく卒業も半年遅れになったので内定者の待遇をどうするか大議論だったことを覚えています。確かに希望はありました。なにかを犠牲にしたでしょうが今の日本はいい方じゃないでしょうか。

投稿: しょうちゃん | 2016年8月20日 (土) 15時27分

この歌を最初に聴いたとき暗い、陰気な曲だと思って敬遠していました。ある日、歌詞を読んで気が付きました。本当に私の人生のような歌ではないかと・・・
絶望の後のささやかな希望、何回繰り返したことでしょう。少女の夢はあまりにも大きく、追いつくことは出来ませんでした。汽車はもう去ってしまっています。せめて明日、きれいなハンカチを1枚買いましょう。。夢見るような美しいハンカチを見つけます。ささやかな幸せのために。幼馴染の友人の病気が小康を得られるように送りたいと思います。絶望が希望になりますように。

投稿: ハコベの花 | 2016年12月10日 (土) 00時11分

新人の時に良く聞きました。
今度 ナツメロ会で歌います。
あとは 小椋圭 山河です。

投稿: セレナ | 2017年8月28日 (月) 12時53分

また 書こうとしています

  二木先生  お許しください

 この曲は  夜明けのうた とともに
  岸洋子さんの 言わずもがなの 代表曲ですね 

 でも  歌手としての 彼女の位置づけ だけだったのでしょうか

 夜明けのうた  も  この 希望  も
 実は 彼女の 真の 心の叫びだったのではないかと思えるのです 
 苦しい 膠原病との 何時果てるともしれない戦いの中での
 光をもとめての精一杯の叫び!!!

 苦しかったろう  わが身をうらんだろう 

  生病老死  いつまで たっても大命題です 

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年2月28日 (水) 22時45分

この歌がテーマソングになっていたミュージカル『希望』というのがあって、主役は割と有名な女優さんだったのですが、どうしても思い出せません。ネットでも探したのですが出てこない…どなたかご存知ないでしょうか?

投稿: やき。 | 2019年6月 5日 (水) 15時05分

 早朝 目を覚ましました。

 50年前 発表されたこの歌を口ずさんでいます。
希望と仕事との節調で壁にぶつかり、もがいていた自分を懐かしく思い出しました。仕事の合間、「希望」という名を訪ねて土曜日になると夜行寝台列車に乗り上京していました。日曜日の夜 寝台列車で田舎に帰ると難しい仕事が待っていました。

 「希望」という名前を 私の方から探し続けたからでしょうか?
その時の希望は、それなりの「心地良さ」と「甘酸っぱさ」を含みながら 今に生きています。「希望」という言葉と「大切な人」がいつも入れ替わります。 

投稿: けん | 2019年6月 6日 (木) 05時22分

若くして厳しい病を患い希望を失いかけている時この歌がラジオから流れ大きな勇気と希望をもらいました。楽しかった事も色々ありましたがこの歌に出会った時の感動と岸洋子さんの病の事も後で知り益々忘れられない唄となりました。

投稿: s.t生 | 2020年9月24日 (木) 13時58分

この歌詞は、「青い鳥」(モーリス・メーテルリンク作)や「山のあなた」(カール・ブッセ作/上田敏訳)等を想起させます。併せて、「希望の歌声が聞こえるほど、希望がわたしの近くにいるのに、なぜまた捜す旅をはじめる」のか? 疑問を生じます。
そこで、まことに僭越ながら、次の通り、歌詞3番の後半の書換えを試みました。
ご歌唱のほど、どうぞお試し下さい。


希望という名の あなたをたずねて
寒い夜更けに また汽車に乗る
悲しみだけが わたしの道連れ
となりの席に あなたがいれば
涙ぐむとき そのとき聞こえた
希望を歌う あなたの声が
逢ったあなたは わたしに住んで
命(いのち)奮(ふる)わせ 未来を開く

(フォー・セインツ版の3番)

希望という名の あなたをたずねて
涙ぐみつつ また汽車に乗る
なぜ今わたしは 生きているのか
そのとき歌が たしかに聞えた
希望を歌う あなたの声が
懐かしいあなたの マーチがひびく
逢ったあなたは わたしに住んで
命(いのち)奮(ふる)わせ 未来を開く

[付記]
この曲は、1971年春の第43回選抜高等学校野球大会の「入場行進曲」として採用されています。
(以上)

投稿: josame | 2021年5月14日 (金) 23時25分

ふと宮沢賢治著の「銀河鉄道の夜」が思い出されました。
と言っても随分と昔に読んだ本で、
その内容、あらすじ共、はっきりとは思いだされません。
そこでネットでそのあらすじを拾い読みしてみました。


投稿: yoko | 2021年5月15日 (土) 10時06分

「希望」16歳の時に岸洋子さんのこの曲に出逢い感激してから50年の月日が過ぎましたが、あの気品を漂わせながら歌っておられた当時のそのお姿は本当に素敵でした!

彼女の唄で想い出すのは私がまだ小学生のころですが、岸洋子の大ファンだった今は亡き我が家の長兄が、ギターの弾き語りでよく「恋心」を聴かせてくれました。

おやすみ すやすやとおやすみ

ねむるおまえの ひたいのうえで  

風がつんでは こわしていく

かげとひかりの つみ木のお城

YouTubeにアップされている動画で知った、岸洋子が繰り返し聴いていたと云う「ねむるおまえの」上記の詩を見ると、病魔と闘っていた彼女のそんな心境が今では何となく私は解るような気がしてきます。
『・・・彼女はこの唄がヒット上昇線をたどっている最中の昭和45年10月、巡業中の郷里酒田で膠原病に倒れましたが、その時の新聞・雑誌の見出しのほとんどが「希望を捨てず再起を・・・』といったものでした。(昭和の流行歌・野村耕三氏解説)

私が本格的に彼女の歌声に魅了されて行ったのは随分後年になってからのことですが、近年ではYouTubeにアップされている彼女の動画はほとんど網羅するほどになりました。

「希望」当時病魔と闘っておられた岸洋子さんはこの唄のタイトルに、いったいどんな思いを持たれていたのだろうか、私はこの曲を聴く度にそんなことを考えたりしています。

投稿: 芳勝 | 2021年5月15日 (土) 15時36分

フォーセインツは『小さな日記』をヒットさせましたが、こちらは恋人の死をテーマにした短調の曲です。『希望』も短調の曲で、題名とは裏腹に、薄幸な主人公をイメージさせます。
学生時代は、よく一人旅をしました。その頃は旧国鉄の夜行列車を利用するのが常でした。既に蒸気機関車は走っていませんでしたが、電気機関車にけん引された列車を慣用的に汽車と呼んでいました。客車はボックスシートが並ぶ客室と、乗車口のあるデッキに分かれていて、トイレや洗面所はデッキにありました。
九州へ旅した時だったと思います。夜汽車に揺られながら、眠りに着けない私は、トイレに行こうとデッキに出ましたが、そこで中学生くらいの少女が泣いている場面に遭遇してしまいました。そう言えば、同じ車両に父親と思われる男性と二人で乗り込んで来た少女が居たことを思い出しました。
私は、声を掛けようかと思いましたが、止めました。どんな事情があるにせよ、もう大人になりかけているその少女にとって、他人から詮索されることは決して望まないだろうと考えたからです。
『希望』を聴くと、この時の少女のことを思い出します。

投稿: Yoshi | 2021年5月16日 (日) 16時04分

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