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2007年8月26日 (日)

秋桜(コスモス)

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:さだまさし、唄:山口百恵/さだまさし

1 薄紅の秋桜(コスモス)が秋の日の
  何気ない陽溜まりに揺れている
  この頃涙もろくなった母が
  庭先で一つ咳をする
  縁側でアルバムを開いては
  私の幼い日の思い出を
  何度も同じ話繰り返す
  独り言みたいに 小さな声で
  こんな小春日和の穏やかな日は
  貴方の優しさがしみてくる
  明日(あした)嫁ぐ私に 苦労はしても
  笑い話に時が変えるよ
  心配いらないと笑った

2 あれこれと思い出をたどったら
  いつの日も一人ではなかったと
  今更ながら我ままな私に
  唇噛んでいます
  明日への荷造りに手を借りて
  しばらくは楽しげにいたけれど
  突然涙こぼし 元気でと
  何度も何度も繰り返す母
  ありがとうの言葉をかみしめながら
  生きてみます 私なりに
  こんな小春日和の穏やかな日は
  もう少しあなたの子供で
  いさせて下さい

《蛇足》 昭和52年(1977)にリリースされたロングヒット。
 年頃の娘をもつ母親がこれを聞くと、たいてい涙ぐむという名曲です。

 まことに失礼な話ですが、若かった頃の作詞・作曲者について、非抒情的な容姿に類いまれな抒情精神が宿った格好の例、といった人がいました。

(二木紘三)

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コメント

36年ほど前 百恵さんと
淳子さんを 比較したことがあり
 同僚に 格が違うと
笑われ 確かに 自分は
 人を見る目がないと
恐れ入ったことがりました。

 いやはや 
いつも ありがとうございます。

投稿: 二宮 博 | 2007年8月26日 (日) 02時36分

秋桜(コスモス)

子供の頃近くの空き地に一杯群生していた記憶があり、懐かしく聞かせて頂きました。ありがとうございます

投稿: セキセイインコ | 2007年10月 5日 (金) 03時16分

おはようございます。「秋桜」を聴きながらコメントしています。今朝はとても爽やかなので、近くのコスモス畑に写真を撮りに行きました。稲が刈り取られたあぜ道や土手には彼岸花の残花が朝露に濡れ、やさしい朝の光に輝いておりました。里山はもうすっかり秋色となり、フォークの似合う季節ですが、中でも母娘の細やかな情感を歌ったさだまさしのこの名曲はぴったりです!歌手が歌うよりも曲を聴きながらじっくり歌詞を味わえることや、詳細な解説により今まで気づかなかった曲の良さを再発見できることが「うた物語」の素晴らしさだといつも感じております。余談ですが、コスモスのお写真がとても綺麗です。いつか見た野辺山高原で優しく揺れていたコスモスの色を思い出しました。

投稿: 大原女 | 2007年10月 7日 (日) 10時46分

二木紘三様
初めまして♪
このサイトを友達から紹介されたて時々お邪魔しておりました。
二木さんの曲が大好きで~皆にも教えています。
有りがたいサイトです。
秋桜の時期になるとこの名曲が故郷と共に思い浮かべます。
夢一夜、天城越えなど素晴らしい曲は永遠に続きます。
これからも度々お邪魔させてくださいませ。

投稿: 桜草 | 2007年11月 9日 (金) 14時30分

山口百恵は曲調の違う唄を見事に唄いきりました。その殆ど
がヒットしたと思います。あの美貌に振り回された男性は数
知れづ。映画ではヒロインをやり、唄もこなしヒットさせた。こういう人はもう出てこないでしょう。

投稿: M.U | 2008年6月30日 (月) 11時52分

この時代のアイドルは川端康成の伊豆の踊子、三島由紀夫
の潮騒に出演しました。甲乙付けがたい名作です。青春時代
の思い出です。

投稿: M.U | 2008年9月 9日 (火) 15時26分

山口百恵はたぐい稀な素晴らしいバラード唱法で唄い、大ヒットしましたね。シンガー・ソング・ライターのさだまさしが唄うよりも、数倍も山口百恵の歌の方が上手いと思います。「潮騒、伊豆の踊り子」など文芸物映画の演技力では吉永小百合と良い勝負だったが歌はレベルが違う気がします。(一人のサユリストとしてもそれは認めます。)

投稿: 海道 | 2012年8月 9日 (木) 07時39分

今、萩ではコスモスと秋の七草の「はぎ」の花が咲き競っています。三角州を挟む、遊歩道沿いの旧家に映る「はぎ」は風に紅赤色を揺らし、枯れた情緒を感じさせています。水面に浮かぶ散った花は、心を一層の抒情に導きます。また、川向こうでゆれる色鮮やかなコスモスは、人の気持ちを安らげ、なんとも言えぬ情景を呈しています。

投稿: 夏橙 | 2012年11月 7日 (水) 21時29分

我が`環境音楽全集`にあります。さだまさしと言う人もコスモス題名も初めてですが、メロディーに聞き覚えがある。私のダサい耳にすら、すっと入る。13行の歌詞はずいぶん長いなーと思い、2番もキチンと13行なのか? 数えるとやはり13行で感心しています。

こんな感じならUSでヒットして良いように思います。コスモスと聞いて直ぐに 小説The Colour Purpleを思い出す。本棚奥のペンギンブックスで、後にみた映画のシーン、風に揺れるコスモスの野原が印象に残っています。黒人奴隷の凄まじい日常とコスモス。 同じコスモスが日本に導入され、母の姿と思い出に変身している。グローバルでもなんでもない人間がキク科、その花によせる普遍性なのでしょうか。

投稿: minatoya | 2013年6月 3日 (月) 10時06分

「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませるようになったのは、1977(昭和52)年、山口百恵の「秋桜(コスモス)」がヒットしてからのことである。とネットに書いてある。

15年ほど前、毎日新聞に~今の時期、中国満州(現在の中国東北部)ではコスモス・秋桜(チュウイン)が咲き乱れている~という記事がありました。
チュウインは中国語読みですから、中国語は「秋桜」だと理解しました。が、中国語辞書ではコスモスは「大波斯菊」でした。「波斯」はペルシャのこと。「波斯猫」もあります。
新聞社に問い合わせてみましたが、筆者大統領選取材のため渡米中、帰国次第返答とのことでしたが、以後返答なしでした。

ところが最近の大型中国語電子辞書では、コスモスで引くと「秋桜」があります。小型では依然ありませんが。

投稿: はなさん | 2013年6月10日 (月) 12時08分

昔、山口百恵が歌っていた頃は、いい歌だなとは思いましたが、昔の流行歌で育った者ですから、覚えて歌おうとはしませんでした。

73歳になった頃から、なんとなくフォークやニュミュージック、その頃のバラードの名曲が好きになり、最近はそんな曲を好んで歌うようになりました。グレープ(さだまさしが歌う)の「無縁坂」、アリスの「秋止符」、谷村新司の「22歳」、堀内孝雄の「恋歌綴り」「影法師」「愛しき日々」、中島みゆきの「わかれうた」、研ナオコの「あばよ」「加藤登紀子の「百万本のバラ」、そして、山口百恵の「秋桜(コスモス)」などです。

昔はさだまさしの作るものは女々しくて嫌だと思いましたが、今は好きになっている。涙もろくなったのでしょうか。

私はプレスリー、パットブーンはじめ、平尾昌章、山下敬次郎、ミッキーカーチスなどに熱狂した世代で、ビートルズがあんなに騒がれた時もあまり興味がありませんでしたし、まして、フォークなども歌いませんでした。それが、高齢になってから好きになる。人間って変わるものですね。

投稿: 吟二 | 2015年4月26日 (日) 21時35分

この曲の2番の「ありがとうの言葉をかみしめながら・・」というところが好きです。さだまさしは長崎出身だなぁと思います。なぜなら、「ありがとう」の「とう」にアクセントがきているからです。私は神戸生まれで結婚して東京に住んでいますが、「ありがとう」を言うのが苦手です。東京では「り」にアクセントがくるので、こころから「ありがとう」を言うとき、「すみません」と言ってしまったりします。子どものときのようにこころから「ありが とう」と言いたくて涙が出る時があります。

投稿: ぽん | 2015年4月26日 (日) 22時37分

 長崎のsitaruです。コスモスは、秋の可憐な花としてよく知られており、私も子供の頃から見慣れていました。ただ、広範囲に植えられたコスモスを見たのは、20代後半から30代前半を過ごした宮崎でが初めてで、鹿児島県との県境に近いえびの高原という観光スポットへの山道を上って行く途中にある生駒(いこま)高原という所でした。何万本という様々な色のコスモスを見た時は、地上の楽園かと思いました。その後熊本に移住しましたが、9月になるとあちこちでコスモスが開花し、彼岸花とともに見るのが楽しみでした。よく阿蘇へもドライブしましたが、途中の国道57号線の道路沿いや、JR豊肥線の線路沿いにも咲き乱れており、さらに阿蘇山の中腹あたりでも、よくコスモスを見掛けました。「秋桜」という言葉は、日常的にはあまり使わないと思いますが、コスモスが4音なのに対して、秋桜が5音ですので、音数のリズムが大事な韻文、特に俳句ではよく使われるようです。私も、一時俳句に凝った時があり、コスモスの俳句もいくつか作りました。
  コスモスの丘一面のカオスかな
  汽車風に揺れて応(こた)ふる秋桜
  山噴(ふ)かば誰(たれ)に頼らん秋桜
 最初の句は、生駒高原のコスモス畑の情景で、赤、ピンク、白など様々な色で咲き乱れるコスモスのありさまを詠んだもの、二番目の句は、豊肥線の線路脇に咲いているコスモスが、列車の通過風に揺れている様子を見て詠んだもの、三番目の句は、噴煙を上げ活動が活発化した阿蘇山の中腹に咲くコスモスを見て、阿蘇が大噴火を起こし、溶岩や灰に埋もれそうになったら、コスモスはどうなるのだろうと思って作った句です。俳句は独りで作り、一人で楽しむ程度で、間もなく句作から遠ざかりましたが、特に小さな生き物への愛情が深まるという効果をもたらしてくれたことを感謝しています。

投稿: sitaru | 2020年11月16日 (月) 16時15分

 長崎のsitaruです。管理人様、早速に前信の誤記の訂正をしていただき、ありがとうございました。さて、肝心の山口百恵さんの「秋桜」ですが、私は、山口百恵さんの持ち歌では、この曲と、「いい日旅立ち」が好きです。山口百恵さんの歌は、本当にバラエテイに富んでいますが、初期の十代の性典などと呼ばれた曲や、中期以降のつっぱり系と呼ばれた曲は苦手です。何気ない日常を歌ったバラード調のものをもっと聞きたかったという気がします。「秋桜」は、作詞・作曲のさだまさしさんがセルフ・カヴァーしたものもあり、時々聴きます。さだまさしさんには、この曲のほかに、いろいろと提供曲があるようですが、フォークグループのクラフトに提供した「僕にまかせてください」も名曲で、「秋桜」以上に頻繁に聴きます(この曲にも、さださん自身のセルフ・カヴァーがあります)。さださんの才能は特別で、「雨やどり」は何度聴いても笑ってしまい、「雨やどり」と同じメロディーながら、歌詞の違う「もうひとつの雨やどり」には、ほろりとさせられます。「関白宣言」には、男である自分も反感を持った記憶がありますが、「関白失脚」になると、関白でなかった男も身につまされる思いです。そして、10数年前の「がんばらんば」は、長崎方言満載の楽しい曲です。さださんは、私より二つ年上ですが、その方言は全くと言っていいほどそっくりです。「がんばらんば」の歌詞の意味を完全に理解しているのはひょっとしたら自分だけじゃないかと思う時があります。

投稿: sitaru | 2020年11月16日 (月) 19時48分

いつものように、”ウォークマン”からの歌声をバックグラウンドに聴きながら、PCに向かっていると、女声コーラスによる「秋桜(コスモス)」が流れてきて、ついつい、聞き惚れて、最後まで聴いてしまいました。前に、TV番組「日本名曲アルバム」で、若い女性(大学生)がピアノ伴奏で、情感たっぷりに歌っていたのをウォークマンに取り込んであったのです。

慈しみ育てた我が子に対する、親の愛情を謳った歌は多々あろうかと思いますが〔例えば、”交流掲示板”『私の愛唱歌「妹に」と「母と子」』([272] ’18-10-19)をご参照〕 、この歌は、慈しみ育てられた子供(娘)の母親に対する思いが謳われていて、返歌のようで心に響きます。
細やかな若い女性の心情を謳う歌詞が、男性(さだまさしさん)によって作られたことに、意外性と称賛を憶えます。メロディも素晴らしいです。
歌詞2番の末尾の
  ♪こんな小春日和の穏やかな日は
    もう少しあなたの子供で
    いさせて下さい ♪
のところはでは、明日の嫁ぎを控えて、母親を慕う心根が端的に表れていて、目頭が熱くなります。

投稿: yasushi | 2021年5月 6日 (木) 13時54分

「嫁じたく母ふと口なしになり給う」  
山口百恵のこの歌を聞いて、イメージを膨らませて作った私の川柳拙句です。

さだまさしは、母が縁側でアルバムを開きながら「独り言みたいな小さな声で」私が小さい頃の思い出を呟いている。近くにいる私に話しかけているのか、ほんとに独り言なのかわからないけど…、というシーンだと思います。さすがに人の機微を敏感にとらえる作者らしい、静かだけれどドラマティックなシーンですね。

私の句は(どうでもいいと言われそうですが)、私と母が、二人で嫁入りに持って行く物、置いて行く物を、幼い頃の思い出話をしながら笑い合ったりしているときに、母がふと黙り込んでしまった。きっと涙をこらえているんだなと私も胸が詰まった、そういうシーンです。

私の句はどうでもいいけど、さだまさしは、小説なども書いているし、しゃべりは旨いし、とても才能のあるストーリーテラーですね。

百恵ちゃんは、お別れコンサートのビデオを見ても、涙を流しながら声はかすれたり詰まったりしない、本当に意志の強い歌手根性のある素敵な子だったですね。

投稿: 吟二 | 2021年5月 7日 (金) 13時31分

今回ご紹介した「秋桜」の作詞と作曲を、さだまさしが手掛けており、その両面において、素晴らしいと絶賛したい。この歌詞も、この曲も、ともに語り継がれ、歌いつがれる、名曲である。特にサビの部分「こんな小春日和の 穏やかな日は あなたの優しさが 浸みて来る」「ありがとうの言葉を かみしめながら 生きてみます私なりに」という歌詞は、絶賛に値する。これから嫁いでゆく娘と母親との関係性。わずかだが二度とない期間を切り取り、その尊い時の流れの中で繰り広げられる、心理的な葛藤を実直な言葉に定着した手腕は大したものだ。(ネット情報より)

投稿: 海道 | 2021年6月18日 (金) 10時46分

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