(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo
作詞:ジャック・プレヴェール、作曲:ジョゼフ・コズマ
日本語詞:岩谷時子、唄:イヴ・モンタン 他
あれは遠い想い出 やがて消える灯影(ほかげ)も 窓辺あかく輝き 光充ちたあのころ 時は去りて静かに 降り積む落ち葉よ 夢に夢を重ねて 一人生きる悲しさ 木枯らし吹きすさび 時は帰らず 心に歌うは ああ シャンソン恋の歌
暮れゆく秋の日よ 金色の枯葉散る つかの間燃え立つ 恋に似た落ち葉よ いつの日か抱かれて 誓いし言葉よ はかなく ただ散りゆく 色あせし落ち葉よ
暮れゆく秋の日よ 金色の枯葉散る つかの間燃え立つ 恋に似た落ち葉よ いつの日か抱かれて 誓いし言葉よ はかなく ただ散りゆく 色あせし落ち葉よ
Les Feuilles Mortes
Oh! je voudrais tant que tu te souviennes Des jours heureux où nous étions amis En ce temps-là la vie était plus belle, Et le soleil plus brûlant qu'aujourd'hui Les feuilles mortes se ramassent à la pelle Tu vois, je n'ai pas oublié... Les feuilles mortes se ramassent à la pelle, Les souvenirs et les regrets aussi Et le vent du nord les emporte Dans la nuit froide de l'oubli. Tu vois, je n'ai pas oublié La chanson que tu me chantais.
(Refrain:) C'est une chanson qui nous ressemble Toi, tu m'aimais et je t'aimais Et nous vivions tous deux ensemble Toi qui m'aimais, moi qui t'aimais Mais la vie sépare ceux qui s'aiment Tout doucement, sans faire de bruit Et la mer efface sur le sable Les pas des amants désunis.
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle, Les souvenirs et les regrets aussi Mais mon amour silencieux et fidèle Sourit toujours et remercie la vie Je t'aimais tant, tu étais si jolie, Comment veux-tu que je t'oublie? En ce temps-là, la vie était plus belle Et le soleil plus brûlant qu'aujourd'hui Tu étais ma plus douce amie Mais je n'ai que faire des regrets Et la chanson que tu chantais Toujours, toujours je l'entendrai! (Refrain:)
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《蛇足》 『枯葉』は、もともと、コズマが『ランデヴー』というバレエ曲のために作曲したもの。1946年制作のフランス映画『夜の門』(マルセル・カルネ監督)の中で、プレヴェールの詞のついたものが歌われ、人気を博しました。歌ったのは、この映画で主演したイヴ・モンタンです。
のちにジャズに編曲され、フランク・シナトラやナット・キング・コールなどが歌って世界的なヒットとなりました。
モンマルトルの丘の北麓、ぶどう園の北側に、「ラパン・アジル」という老舗のシャンソン喫茶があります。そこに日本人客が入ってくると、季節に関わりなく『枯葉』を演奏し始めることがよくあったそうです。この曲をリクエストする日本人がよほど多かったのでしょう。
日本人はもしかしたら、世界中でいちばん『枯葉』の好きな国民かもしれません……と書きましたが、これも「今は昔の物語」かもしれません。
イヴ・モンタンは1991年11月9日に亡くなり、ペール・ラシェーズ墓地に眠っています。

パリ、ペール・ラシェーズ墓地
(二木紘三)
コメント
この歌を聴くと、ヴェルレーヌの名詩が思い起こされます。
落 葉
秋の日の ヴィオロンの
ためいきの 身にしみて
ひたぶるに うら悲し
鐘の音に 胸ふたぎ
色かへて 涙ぐむ
過ぎし日の おもいでや
げにわれは うらぶれて
こヽかしこ さだめなく
とび散らふ 落葉かな (上田敏「海潮音」より)
ヴェルレーヌやランボーの19世紀後半の、このシャンソンが作られた当時の、枯葉舞うパリの街並みはどんな風情だったか。遠い昔の巴里の、レトロな秋のたたずまい。イメージがふくらみます。
ただ残念なことに。パリのみならず、フィレンチェでもザルツブルクでもガス燈に浮かぶベーカー街221Bでも。どこでも、ヨーロッパの古くからの都市の街並みには、街路樹がほとんどありません。
あるのは、石造りの家並みと石畳の道。公園や一定の通りにはあるのかもしれませんが、多くの通りでは枯葉の風情など、望むべくもありません。
大昔は鬱蒼とした森に覆われていたヨーロッパの各地に、キリスト教徒たちが乗り込んできた。先ず、太古からの異教(アニミズム)の神々を追っ払った。そして豊かな森を容赦なく切り拓き、道を造り、中央にでんとマリア像を置いた。教会を建てた。周りに家々を建てた。(マリア様ごめんなさい。でも、事実ですよね。)
しかし近年になって、エコロジーに真っ先に目覚めたのも、ヨーロッパでした。
やはり、歴史的文化都市・パリには、春夏の豊かな緑と晩秋の枯葉がよく似合います。
投稿: 大場 光太郎 | 2008年2月17日 (日) 12時05分
この「枯葉(Autumn Leaves)」は、世界の名曲ベストテンを選ぶなら №1 ではないでしょうか?
フランス語はよくわかりませんが英語なら少々で、ましてスローテンポでもアップテンポでもOK、クラシックやジャズボーカル・プレヤーは一度はこの曲を演奏やレコーディングをしているほどで、日本語でなら高英男の“風の中のともしび・・・”もいいですね。
私のイメージとしては、行ったことのないフランスやパリではなく、やはり山陰のふるさとの野山の風情ですが、どんな所でも12月~3月の樹の下をかさこそとあるく枯葉の音は、岩谷時子の訳詞がマイナーのメロディに絡んで熱く思い出されます。
投稿: 尾谷 光紀 | 2008年8月29日 (金) 22時36分
この歌を聴いていると、10年程前にパリを訪れた時を、昨日のように思い出します。それも丁度10月でした。
セーヌ川をブラブラ歩きながら「枯葉」を口ずさみ、それは柄にもなく感傷的になるような雰囲気を、周囲の景色が醸し出してくれました。
私はアメリカに永年住んでいますが、ヨーロッパには度々行きます。しかし英国が多く、パリはこの時が初めてでした。
それからパリに足を運んだことが無く、もう一度行くことを切望しています。そして、「枯葉」をもう一度口ずさみたい・・・。
投稿: Steve | 2008年10月24日 (金) 14時25分
日本列島はこの歌にピッタリの季節になりました。あちこちのコンサートでスイング・スロースイング・ラテン・タンゴ・フィージョン等で演奏されているのを聴き、さすがプロのグループでの演奏には違和感が無くそれぞれすばらしいと、と同時にジョセフ・コスマ氏の計り知れない思いとは?そして私の勝手な思いに浸り至福のひと時がウルルンと・・・。
しかし3.11は早くも3年近くに・・・いや5年経っても10年経っても・・・加えてフィリピン中部の台風30号の被害・・・自然の脅威を目のあたりにしつつ『枯葉』に感動し酔いしれることの出来るありがたさをかみ締めた小春日和の“今日よ”でした。
投稿: 尾谷光紀 | 2013年11月14日 (木) 11時14分
「蛇足」にあるペール・ラシェーズ墓地の写真、なかなか風情があります。黄色く色づいた木立といい、石道の傍らに吹き寄せられた枯葉といい、日本の晩秋の風景に負けていません。
名曲「枯葉」を聴きながら、この墓地にイヴ・モンタンが眠ることを思いつつ、コメントをする気になりました、
イヴ・モンタンと聞くと、彼が主演した映画『恐怖の報酬』をすぐに思い出します。1953年制作の映画で、当時、私は中学生です。実際に見たのは30過ぎてからですが、たいへんな衝撃を受けました。
ニトログリセリンをトラックで運ぶという単純なストーリーですが、まてよ、この世の恐怖というのは、すべからく単純なものしゃないのかと、勝手に普遍化して考えたりしました。そして一攫千金を狙う男たちのドロドロした欲望の描写、あっけなく主人公が死んでしまうラストシーン等等、フランス映画のすごさに目覚めた作品でもありました。何度か、リメイクされましたが、最初のこの作品には及ばないでしょう。
そのイブ・モンタンの命日が11月9日、まさに枯葉の時期ですね。亡くなって22年たちましたか・・・ああ。
投稿: 音乃(おとの) | 2013年11月14日 (木) 14時31分
ジャック・ブルヴェールやジョセフ・コスマはどこに眠っているのでしょうか?
投稿: 尾谷光紀 | 2013年11月17日 (日) 22時29分
さあ、どこでしょうね。
「有名人埋葬地辞典」でもあれば・・
本気で、伝記の類を読めばわかるかもしれません。
場合によっては、辞書片手に翻訳も自分でやらなくては・・
しかし、わかったにしても、そのお墓参りをするほどの気力もお金も、私の場合、ありません・・
自分の眠る所を、そろそろ心配してもおかしくない今日この頃です・・ああ。(脱線しましたね。すみません)
投稿: 音乃(おとの) | 2013年11月18日 (月) 00時05分
Facebook メイトからの情報です。
作詞家ジャック・ブレヴェール(1900~1977)はフランスのマンシュ県オモンヴィルの墓地で、作曲家ジョセフ・コスマ(1905~1969)はパリのモンマルト墓地に眠っているそうです。イヴ・モンタンが歌って以後現在まで、世界のボーカリストやプレヤーや○○○バンドが多種のジャンル・リズムで演奏されているのはこの歌・曲だけではないでしょうか?
それほどの歌・曲を作られたお二人の永遠のベッドを知ることも、この曲の鑑賞や下手ながらの演奏もよりいっそう感慨深いものがあります。
投稿: 尾谷光紀 | 2013年11月19日 (火) 17時01分
なんたる調査力、しかも迅速な。おそれいりました。
やはり実際に楽器をあつかい、演奏をなされる方は、情熱というか執念がちがいます。しかも尾谷さまの場合は、確か中学生のブラスバンド部からでしたね、年期がはいってます。(コメントはいつも拝見)
勉強になりました。
投稿: 音乃(おとの) | 2013年11月19日 (火) 18時23分
「公園の 落ち葉蹴ち散らす 音楽し」
今朝の公園で思わず一句浮かびました。風のある早朝の公園は木の葉がはらはらと舞っています。枯葉が散っていく風情にいつも「枯葉」のサビをつぶやいてしまいます。
🎼 枯葉よ 絶え間なく 散りゆく枯葉よ ・・・
若い時分でしたら、歌詞のごとく愁いに満ちた気分になっていたでしょう。 今は空きすきになった梢を見上げて、来年の新芽が吹き出す季節に思いを馳せます。
投稿: konoha | 2020年11月20日 (金) 10時20分
自宅近くの慶応大学のイチョウ並木も色付いてきました。銀杏の落ち葉は滑らかで踏んでもなかなかカサコソとした音は立ちません。
日本人の秋の色はなんといっても「紅葉」、赤ですね。もみじもナナカマドも落ち葉になり踏みしめると乾いてリズミカルな音を伝えます。サクサク・・・
日本人があまたあるシャンソンの名曲から「枯葉」をフランス人より好むのは脳の構造の違いだという説があります。
人種・民族の差がそうさせるのではなく、幼少時に日本語で会話したかどうかで、違いが生まれるといいます。
うろ覚えかつ乱暴な言い方ですが・・・
日本語で育つと枯葉のサクサク、カサコソという音は、人や動物の声同様左の脳で処理され、音として明快な意味を持ち、周辺の風景とあいまって秋の音として刷り込まれるのでしょう。
一方他の言語で育った場合、枯葉を踏む音は音階も意味も持たない意図されない音、耳を澄ます対象ではない雑音として処理されるのでしょうか。
イブモンタンの「枯葉」が流れると、多分私たちは目を閉じ胸の中にそれぞれの思いで描くのです。秋の夕景と路上に舞い落ちた赤や黄のさまざまな種類の枯葉、裸になりかけた樹木。それは豊かな天然色の世界。
そうしてそこに過ぎた日の自分の映像を重ねるとしばし立ち尽くすのです。
投稿: 日月 明 | 2020年11月20日 (金) 16時26分
日月 明さまの「・・・そこに過ぎた日の自分の映像を重ねるとしばし立ち尽くすのです。」本当にそうですね。晩秋の樹々の情景、路上に舞い散った枯葉の中を通り過ぎていくと深思に耽ります。人生のその時その時の感慨がありました。
投稿: konoha | 2020年11月22日 (日) 10時38分