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2007年9月13日 (木)

星屑の町

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:東条寿三郎、作曲:安部芳明、唄:三橋美智也

1 両手をまわして帰ろう 揺れながら
  涙の中を たったひとりで
  やさしかった 夢にはぐれず
  まぶたをとじて 帰ろう
  まだ遠い 赤いともしび

2 指笛吹いて帰ろう 揺れながら 
  星屑わけて 街をはなれて
  忘れない 花のかずかず
  まぶたをとじて 帰ろう
  思い出の 道をひとすじ

  両手をまわして 帰ろう
  ゆれながら 
  涙の中を たったひとりで

《蛇足》 昭和37年(1962)のヒット曲。

 この年の8月12日、堀江謙一は世界で初めて1人乗りのヨットで太平洋横断に成功しました。日本人のチャレンジング精神復活を象徴するようなできごとでした。

(二木紘三)

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コメント

この曲で 思い出すのは
 蕪村の
月天心 貧しき町を 通りけり
 です。

なぜかわかりませんが。
 三橋美智也 では
「夕焼け鳶」 など 
 
有難うございます。

投稿: 二宮 博 | 2007年9月14日 (金) 21時34分

もう何年も前のことですが、『BS日本のうた』で尾崎紀世彦がバンドを引き連れてカントリー&ウェスタン調でこの曲を歌っていました。これが実にいい雰囲気で、コード進行も流れるようにのっていて、三橋美智也とはまた別の世界を作り上げていました。その後一度も彼がこの曲を演奏しているシーンに出会わないのが残念です。

投稿: ふれっど | 2011年6月30日 (木) 00時19分

この歌が流行った当時漠然と、傷心の若者が、夕暮れ時、ぐるぐる手を振りまわしながら家路を辿る姿を思い浮かべていました。「両手をまわして・・・」とは。

このごろ裏の小道を、屈伸したり、手を振り回して10メートルほど歩いております。唯一の健康法です。その時いつも思われるのが、この歌です。

ネットで見てみると、私の考えている投手のように手を振り上げるのでなく、電車遊戯のシュッポポと叫びながら手を回す様だそうです。
或いは酔っ払いを詠っているとか、都落ちの人の帰郷の車中の様子を歌った歌のようなことが書いてありました。

びっくりしました。

投稿: 江川悦郎 | 2016年4月 9日 (土) 01時14分

昭和30年代は歌謡曲の寿命(リリースからのヒット期間)が長く、『星屑の町』は翌年も、例えば当時の人気番組・文化放送「全国歌謡ベストテン」のランキング20位以内ぐらいには入っていた記憶があります(昭和37年リリースの『赤いハンカチ』も翌年でも10位内には入っていたようです)。
ネット検索すると「両手をまわして帰ろう…」は、昔の子供がよくやった汽車の車輪をまねて体の両側で両手をぐるぐる回す仕草だとか、昔の安酒場は狭くてぎゅーぎゅー詰めで縮こまって飲んでたから帰宅時は関節を伸ばす仕草をしたとか、諸説ありますが、“真相”は作詞家(故人)に聞くしかないですか。

投稿: 焼酎百代 | 2016年4月10日 (日) 09時50分

「星屑の町」この唄が流行っていたころ、私は小学2年生でしたが、我が家の中でも指笛が得意で凄く巧かった長兄が、この曲に合わせて指笛を鳴らしたり、また歌ったりしていていたのを、いつも傍らで見ていたせいなのか、幼かった私もいつの間にかこの唄を覚え、学校の帰り道など一人の時には詩の意味も解らないまま、ただ何気なく口ずさんでいました!

先の焼酎様のコメントにもありますが、「両手をまわして帰ろう・・・」の意味の真相は確かに諸説ありますが、しかしどの解説にしても、これと言って私が納得できるような決定的なものは無く、今となっては当時の時代背景を考えたりすると、やはり作詞家(故人)に聞くしかないのかな、というのが今の私の正直な気持ちです。
あと、それまで「古城」「達者でな」「石狩川悲歌」を歌っていた三橋美智也が歌う曲としては、当時この曲は意外すぎると思えるほどで、しかもこの曲はドドンパのリズムですが、今考えてみると前年の昭和36年に、渡辺マリの「東京ドドンパ娘」がヒットして巻き起こしたドドンパブームに火がつき、それが冷めやれぬままの翌年昭和37年は、北原謙二の「若い二人」そしてこの「星屑の町」がヒットしたのも、当時大衆に受けていたそのドドンパブームの影響が大きかったのでないか、私は今そんな気がしています。
また、その少し後年にはなりますが、松尾和子と和田ひろしとマヒナスターズが歌って大ヒットした「お座敷小唄」この唄もドドンパのリズムで、この乗りの良いリズムが私は好きでした。その歌詞の内容はどうみても大人の唄ですが、当時は大人だけではなく、子供たちもまわりの誰もがこの唄を口ずさんでいました。

今ではすっかり影を潜めたこのドドンパのリズムですが、私は渡辺マリの「東京ドドンパ娘」北原謙二の「若い二人」そして三橋美智也の「星屑の町」ドドンパのリズムのこの三曲は懐かしさもあり、私は今でもYouTubeなどで映像を観ながら時々聴いたりしています。

投稿: 芳勝 | 2019年12月29日 (日) 16時17分

 芳勝さん 良い歌のコメント有難うございます。

 この歌を聞いていると 歌詞よりメロディに合わせて身体を揺らしてしまいます。
 この歌がヒットした頃 私は九州の片田舎から初めて関東圏に出てきました。東京オリンピックや東海道新幹線開通を数年後に控え、片田舎と都会の開発の地域差などに驚いたことを覚えています。年末・年始休みやお盆休暇になると蒸気機関車で帰省しました。白いワイシャツは勿論、鼻の穴まで煤で汚れていました。

 「指笛が得意で凄く巧かった芳勝さんの長兄さん」素晴らしいですね。長兄さんは 指笛で汽笛の音や音楽を演奏されていたのでしょう。5年前 私ははじめて指笛音楽を耳にしました。「少し物悲しく透き通った音色」に感動しました。指笛音楽創始者と言われる田村大三先生のお弟子さんに指笛の音出しを習いましたが、まだ音出しができません。指笛の音色に感動した後、この歌を身近に感じています。

投稿: けん | 2019年12月29日 (日) 20時28分

40年前に子供達と石川県の能登半島の付け根の羽咋市にキャンプに行きました。当時の噂のUFOの町と言うロマンを求めて。夏休みの思い出にと。大島海岸の林の中にテントを張り日没後、夜空を眺めに海岸迄出て行って驚きました。海迄落ちる星屑の美しい事。キラキラと輝く星屑これが本当に日本なのかしらと余りの感嘆に夢の様でした。暫く満天の星をじっといつ迄も見入ってしまいました。空と海の果て迄の満天の星、これではUFOも間違いなく見られると思いました。三橋美智也さんの声と♪星屑の町♪の歌はぴったりです。千里浜は渚100選で世界でも珍しい車で走行できる砂浜海岸だそうです。生涯の中で大浜海岸の満天の星は一番忘れることが出来ません。

投稿: kazuyo | 2023年12月29日 (金) 09時01分

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