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2008年4月23日 (水)

踊り明かそう

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:Alan Jay Lerner、作曲:Frederick Loewe

       I Could Have Danced All Night

Eliza: Bed! Bed! I couldn't go to bed!
  My head's too light to try to set it down! Sleep! Sleep!
  I couldn't sleep tonight.
  Not for all the jewels in the crown!
  I could have danced all night!
  I could have danced all night!
  And still have begged for more.
  I could have spread my wings
  And done a thousand things I've never done before.
  I'll never know what made it so exciting;
  Why all at once my heart took flight.
  I only know when he began to dance with me.
  I could have danced, danced, danced all night!
Servant 1: It's after three now.
Servant 2: Don't you agree now,
  She ought to be in bed.
Eliza: I could have danced all night!
  I could have danced all night!
  And still have begged for more.
  I could have spread my wings
  And done a thousand things I've never done before.
  I'll never know what made it so exciting.
  Why all at once my heart took flight.
  I only know when he began to dance with me.
  I could have danced, danced, danced all night!
Mrs. Pearce: I understand, dear.
  It's all been grand, dear.
  But now it's time to sleep.
Eliza: I could have danced all night,
  I could have danced all night.
  And still have begged for more.
  I could have spread my wings,
  And done a thousand things I've never done before.
  I'll never know what made it so exciting.
  Why all at once my heart took flight.
  I only know when he began to dance with me.
  I could have danced, danced, danced all night!

《蛇足》 ご存じ、ミュージカル『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)』で歌われる劇中歌のなかでも最も有名な1曲。

 『マイ・フェア・レディ』は1956年3月に、ニューヨークのブロードウェイで初演され、以後6年半に及ぶロングランを記録した大ヒットミュージカルです。1964年には映画化され、これも大ヒットとなりました。
 舞台ではジュリー・アンドリュースがヒロインのイライザ・ドゥーリトル役を務めましたが、映画ではオードリー・ヘップバーン
(写真)が起用されました。

 原作は、劇作家ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』。バーナード・ショーはおもに19世紀に活躍したアイルランド出身の劇作家兼音楽評論家で、社会主義者でした。イギリス近代演劇の確立に貢献するとともに、諧謔家・皮肉屋としても知られ、数かずの警句や名言を残しています。

 ショーが『ピグマリオン』のミュージカル化に否定的だったため、舞台・映画とも、彼の死後に制作されました。

 ギリシア神話に、ピグマリオンという王が自作の人形に惚れ込み、愛の女神アフロディテに頼んで、人形に生命を吹き込んでもらって、結婚するという話があります。
 ショーの『ピグマリオン』は、これを下敷きとして、下層階級の花売り娘イライザを言語学者のヒギンズ教授が貴婦人に仕立て上げるという話です。

 ヒギンズがイライザと初めて会ったのは、コヴェント・ガーデンという市場ということになっていますが、現在はすでに市場ではなく、しゃれたショップが並び、前の広場で毎日パフォーマンスが演じられる観光名所になっています。

 『マイ・フェア・レディ』には、いろいろおもしろい場面がありますが、いちばん愉快なのは、イライザに上品で正確な英語と上流階級のマナーを教えようとして教授が四苦八苦する点です。

 イライザがしゃべるのは、いわゆるコックニー英語。コックニーとは、ロンドンの職人や商店主などの庶民階級のこと。日本では、庶民かいわゆる上流階級かで言葉遣いはほとんど違いませんが、階級制の強かったイギリスでは、属する階級によって大幅に違いました。階級による差は、だんだん縮まっているようですが。

 最もよく知られているのは、庶民は発音記号の[ei]を[ai]と発音することです。
 ある外国人がロンドンに行ったとき、イギリス人に"You came here to die."
(死ぬためにここに来たんだね)"と言われてビックリしたという有名な話があります。実は、そのコックニーは"You came here today."(今日ここに来たんだね)と言っただけだったのです。

 そのほか、コックニー英語には、単語中のhを発音しないとか、[θ]と発音すべき"th"を[f]、[ð]と発音すべき"th"を[v]と発音するといった傾向があります。たとえば、thinkがfinkに、fatherがfaverになったりします。
 語法についても、myの代わりにmeを使うとか、am not, is not, are not, have not, has notがすべてain'tになるといった特徴があります。
 こうした話し方は、ロンドンの庶民に限らず、イギリスの庶民一般に共通する特徴のようです。

 熱心に訓練を重ねているうちに、イライザはついに上流英語をマスターします。そのとき、喜びのあまり歌うのが、この『踊り明かそう』です。

 ところで、タイトルの"My Fair Lady"には、二重の意味が隠されています。
 ロンドン中心部にMayfair
(メイフェア)という場所があります。西をハイドパーク、北をオックスフォード通り、東をリージェント通り、南をピカデリーとグリーンパークに囲まれたかなり広い地区です。
 17世紀末から18世紀半ばまで、毎年5月(May)にここで2週間の市(Fair)が開かれたところからついた地名です。

 その後市はほかの場所に移され、Mayfairは開発が進んで、ロンドン屈指の高級住宅街となりました。そこに住む若い女性たちは、Mayfair Lady(メイフェア・レディ)と呼ばれました。コックニーの発音だと、マイフェア・レディとなります。東京なら、田園調布のお嬢様といったところでしょうか。
 つまり、タイトルにはメイフェアのお嬢様のようなすばらしいレディに育てる、という意味が込められているわけです。

 メイフェアは、現在では各国の大使館や大企業の本社などが建ち並ぶビル街になっていますが、昔風の高級住宅も少しは残っているようです。

 イライザには、実はモデルがいます。モデルというか、バーナード・ショーが『ピグマリオン』の執筆を思い立つきっかけになった女性です。

 ショーの芸術仲間・社会主義仲間に、ウィリアム・モリスという詩人兼工芸家がいました。モリスは画家で詩人の友人、ダンテ・ロセッティをよく訪ねていました。ダンテ・ロセッティは『』の詩人、クリスティーナ・ロセッティの兄です。
 その頃、ダンテ・ロセッティは、ジェーン・バーデンという女性をモデルに何枚も絵を描いていました。モリスは、ロセッティのアトリエを何度も訪ねるうちに、ジェーンに恋してしまい、ついに結婚することになりました。

 ジェーンは美人でしたが、労働者階級、いわゆるコックニーの娘でした。いっぽう、モリスは大金持ちのお坊ちゃんで、そのころは父親の巨額な遺産を受け継いでいました。彼の友人・親戚は、いずれも上流階級ばかりです。
 ロセッティやショーなど、モリスの友人たちは、この階級差の大きい結婚を大変心配したといいます。

 結婚後、ジェーンはパーティなど、モリスの仲間の集まりに出ることを嫌い、どうしても出なければならないときには、極力話さないようにしたといいます。
 結婚生活の実情はわかりませんが、2人の間には2人の娘が生まれ、長女はボート事故が原因で病気になりましたが、次女は長じてデザイナー兼作家になりました。
 実話版『マイ・フェア・レディ』とでも言えましょうか。

 余談ですが、この話の元になったギリシア神話から生まれた教育心理学の概念に「ピグマリオン効果」というのがあります。教師が「この子は必ず伸びる」と期待しながら教えると、その生徒の成績は上がっていくが、期待されていない生徒は、同じように教えてもあまり伸びない、という現象だそうです。

(二木紘三)

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コメント

二木先生いつもありがとうございます。
 最初の Eliza について
1 エリザ と読んでしまってました。
  英語 の常識では E(イー)li(ライ)でした
  それにしても 日本人にとっては 英語は聞き取り
  にくいようなきがします。
2 Eliza と 最初にはじまるのは
 彼女が 「私は」 言ったのでしょうね?
3 また 英語の詩も難しいですね。
  ビグマリオン効果 も 初めて知りました。

投稿: 二宮 博 | 2008年4月23日 (水) 21時43分

The rain in Spain falls in the plain.
このセンテンスを何度も練習させられ、【ai】を《ei》と、やっと発音できるようになった後で、寝巻き姿でオードリーが飛び跳ねながら歌う場面を懐かしく思い出しています。

帝国劇場の舞台ではイライザを江利チエミが演じてましたね。

投稿: tomoe_saloon | 2008年4月23日 (水) 22時14分

The rain in Spain stays mainly in the plain
英語の早口言葉を探したら載ってました。
ステイ メインリィと 《ei》の音がもっと含まれてました。

投稿: tomoe_saloon | 2008年4月23日 (水) 22時23分

二宮博様
 2の件ですが、冒頭のElizaはその次からイライザの歌が始まるという意味です。あとのほうにあるServent1と2、Mrs Pearceの部分は、Elizaの歌の間に挟まるセリフです。
 人名と歌詞を同じ書体で表示したのでわかりにくいと思い、太字に変えました。

投稿: 管理人 | 2008年4月23日 (水) 23時45分

二木先生 有難うございます。
 
1 この歌に 最初はいるのは
  Bed の 発音が難しいですね。
2 なぜか Tonight を連想してしまいます。
  残念ながら どちらも 映画は見ていないのですが

投稿: 二宮 博 | 2008年4月26日 (土) 18時17分

コックニーを調べていて、こちらに辿り着きました。ウィリアム・モリスさんのお話、興味深かったです。『マイ・フェア・レディ』よりも、こちらの実話の方がずっと共感できて、ウィリアム・モリスさんに自分の心を重ねることができるような気さえしました。ブログでのご紹介ありがとうございました。

投稿: ETC英会話 | 2011年2月26日 (土) 03時30分

4月から『豊中シルバー・アンサンブル』に入り月2回のレッスンを受けています。
メンバーは現在ピアノ:1、バイオリン:2、大正琴:2、オカリナ:2、ギター:1、フルート:1、クラリネット:1、アルトサックス:1、テナーサックス:1(自分)の12名で、30曲ほどのレパートリーがあり大阪音大の若いK先生からご指導を受けています。
中でも一番難しいのがこの「踊り明かそう」で、十六分休符+十六分音符=1拍が12箇所もあり、別のグループとは殆どソロか2人でのハモリでしかもアバウトでフィーリングでの演奏でしたが、12名では通用せずやや皆さんの足を引っ張っています。

 それにしても二木先生や皆さんの詳細な解説とストーリーの奥の深さに感心し、映画では確かオードリー・ヘップバーンが歌っていたように記憶しておりますが、そうでしたか?

投稿: 尾谷光紀 | 2011年7月20日 (水) 22時31分

「マイ・フェア・レディ」は、日本では1963年(昭和38年)江利チエミのイライザ、高島忠夫のヒギンズ教授で上演されましたね。日本の本格的ミュージカルのはじまりでしたね。(私は学生でしたが、この舞台を見て感激したことを覚えています)。この年のNHK紅白歌合戦では、江利チエミはイライザの姿でこの「踊り明かそう」を歌っています。オペラ歌手の立川澄人がこの紅白で「マイ・フェア・レディ」から「運が良けりゃ」を歌ったのも覚えています。(ただし、立川は舞台のほうには出ていません。)ブロードウェイのミュージカルではジュリー・アンドリュースがイライザを演じたのですが、映画ではオードリー・ヘップバーンがイライザ役を務めました。ほかのメンバーはレックスハリスンのヒギンズ教授をはじめ、ほとんどブロードウェイ・ミュージカルのメンバーが映画でも同じ役をつとめるのですが、ジュリー・アンドリュースはこのときまだ無名だったので、主役のイライザが回ってこなかったんですね。なお、オードリー・ヘップバーンはイライザを演じますが、歌の部分は全部吹き替えで、このためこの年のアカデミー賞はこのマイ・フェア・レディーがたくさんの部門で受賞しましたが、主演女優賞はオードリーヘップバーンにはいきませんでした。なお、吹き替えを担当した女性歌手は映画「ウェストサイド・ストーリー」のマリアの歌の吹き替えも担当しています。ブロードウェイミュージカルでイライザ役をつとめたジュリー・アンドリュースが有名になるのは、この翌年(?)の「メリーポピンズ」でアカデミー主演女優賞を得て、さらにその翌年の「サウンド・オブ・ミュージック」でマリア役を演じて爆発的な人気を得てからですね!

投稿: KeiichiKoda | 2012年3月18日 (日) 18時37分

上のコメントへの追記です。映画「マイ・フェア・レディ」でイライザを演じたオードリー・ヘップバーンの歌は吹き替えだと書きましたが、吹き替えを担当した女性歌手はMarni Nixonで、彼女は映画「ウェストサイド・ストーリー」のマリア(ナタリー・ウッドが演じる)や「王様と私」のアンナ(デボラ・カーが演じる)の歌の吹き替えも担当しています。また、映画「サウンド・ミュージック」では修道院の尼僧の一人として画面に登場します。私は「マイ・フェア・レディ」のブロードウェイ・ミュージカルのオリジナルキャストによる歌のCDと映画バージョンの歌のCDの両方を持っていますが、YouTubeでもジュリーアンドリュースが歌う「踊りあかそう」と映画バージョンの(Marni Nixonが歌う)「踊りあかそう」がアップされています。興味のある方は

http://www.youtube.com/watch?v=JNaIor5lxN8

へアクセスしてみてください。

投稿: KeiichiKoda | 2012年3月21日 (水) 08時42分

上のコメントへの追記です。上のURLは著作権上の問題で削除されてしまいました。代わりにジュリーアンドリュースが歌うブロードウェイミュージカルからの「踊り明かそう」のURLを書いておきます。興味ある方はアクセスしてみてください。
 http://www.youtube.com/watch?v=BmyaoNJIsWE
オードリーヘップバーンンのイライザも気品があってよかったですが、ジュリーアンドリュースのファンとしては、彼女がイライザを演じるところをぜひ見たかったなあ、と思ってしまいます。

投稿: KeiichiKoda | 2012年12月18日 (火) 08時37分

I could have danced all night.
仮定法過去完了でしたっけ?間違っていたら遠慮なくご指摘ください。それを習った高校生の頃によく聴きました。映画もオードリーヘップバーンのをビデオで観ました。シンデレラストーリーですよね。私が口づさめる数少ない英語の歌の一つです。口づさむってつに点々でいいんでしたっけ。こんな私がここにコメントしていいのかな?と思いながら書いてます。

投稿: ぽん | 2015年3月27日 (金) 18時36分

 懐かしい思い出を誘い出してくれたtomeo saloon様とKeiichiKoda様に謝しながら、蛇足を付けさせて下さい。
 1963年東宝宝塚劇場にて:(江利チエミの「スペインの雨」)“スペインデァ、アミャー、イロノニ、ウル”(=スペインでは雨は広野に降る)でしたね。H落ちです。
 ピカリング大佐役の益田喜頓、イライザの父親ドゥーリトル役の八波むと志、江利チエミともども点鬼簿入りですね。
 

投稿: 槃特の呟き | 2015年3月28日 (土) 00時22分

槃特の呟き様、"Rain in Spain stays mainly in the plain."をイライザは「ライン・イン・スパイン・スタイズ・マインリー・イン・ザ・プライン」と発音するんですが、そうでしたか、江利チエミはH落ちでしたか?H落ちには気づかず、「スペインの雨はおもに広野に降る」と聞こえたので、なんだちっとも面白くないではないか、と思って観ていた記憶があります。なお、私のときは、ドーリトルの役は、八波むと志が自動車事故で急死したため、代役の役者さんでした!あの役者さんは何という名前だったでしょうか。いずれにせよ、マイ・フェア・レディでは、この「踊り明かそう」と父親のドーリトルが歌うWith a Little of Luck(「運が良けりゃ」)が大好きですね。

投稿: KeiichiKoda | 2015年3月29日 (日) 08時03分

もう一度大画面で「マイフェアレディ」を見ておきたいと思い、一昨日車を吹かして街へ出て2年ぶりに映画を見てきました。
大抵の中二病は克服してきたつもりですが、この映画の魅力からは逃れる事が出来ないばかりか、ヘップバーンの美しさに新鮮な衝撃もあり、頭の中はお花畑状態が続いています。
自身の最期に何を食べたいというものはありませんが、「マイフェアレディ」のナンバーを聞きながらその時を迎えられたなら、長い不遇を帳消しにして最高の人生になると思っています。

投稿: 慎兵衛 | 2016年6月10日 (金) 03時10分

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