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2008年5月 4日 (日)

思い出さん今日は

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:星野哲郎、作曲:古賀政男、唄:島倉千代子

1 目隠しした手を 優しくつねり
  あたしの名前を 呼んだのね
  雨のベンチで ぬれている
  思い出さん 今日は
  たまんないのよ 恋しくて
  あの指あの手 あの声が

2 笑ってごらんと 肩抱きよせて
  涙を拭って くれたのね
  雨の舗道で 泣いている
  思い出さん 今日は
  こちらお向きよ 逃げないで
  お話しましょ いつまでも

3 誰かの真似して 小石を投げた
  ポチャンと淋しい 音がした
  雨の小川に ゆれている
  思い出さん 今日は
  つまんないのよ 何も彼も
  あの日は遠い 夢だもの

《蛇足》 昭和33年(1958)4月にレコードが発売されました。

 失恋の歌ですが、深刻で悲哀に満ちた失恋ではありませんね。爽やかに続いていた恋が、何らかの事情でうまくいかなくなり、半年か1年後ぐらいに思い出の場所を訪ねて、楽しかったころを偲んでいる、といった感じの失恋歌です。
 戦前の『或る雨の午後』の女性版といった感じですね。

(二木紘三)

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コメント

島倉千代子独特のあの高い澄んだ声が聞こえてきそうです。
歌謡曲というのは歌手も含めてのもので、ヒットした歌は他の歌手がどんなに上手く歌っても元歌にはかなわない気がします。
この歌にしても、島倉千代子以外の誰も歌えないと思うから不思議です。
その点でいえば、外国の歌は誰が歌ってもいいものはいいと思いますがいかがなものでしょう。

投稿: 周坊 | 2008年5月 4日 (日) 17時45分

星野哲朗が作詞の依頼をうけ、急ぎフランソワーズ サガンの
「冷たい水の中の小さな太陽」(1972発刊)を読み、翌日出来た歌。それが「思い出さん」ではなかったかと記憶しておりましたが、33年発売では、まちがいでしょうか。
調べてみたのですが、それらしき歌も見つかりません。

この歌は、「紅白」では一度も歌われていませんね。

投稿: 景山 俊太郎 | 2008年5月23日 (金) 07時57分

「思い出さん今日は」は星野哲朗が芸能雑誌(平凡か明星です)に投稿して入選した詩に、プロの作曲家が曲を付けた歌ではないでしょうか。

投稿: | 2008年5月25日 (日) 22時06分

純情歌手?として売り出し中の島倉千代子をさらに押し上げた歌の一つではないでしょうか!恨みつらみの演歌ではなく、さらりと乙女心を書いていますね。星野先生がまだ素人の時の作品で作曲者の古賀先生の自宅でいただいたアイスクリームがとてもおいしかったそうです。
石本美由起先生主宰の同人誌”新歌謡界”会員のころでこの後船村先生に誘われて上京したということで、まさしく大作詞家の誕生ですね。

投稿: ナガオ | 2008年5月26日 (月) 06時20分

 島倉千代子の実演を見て感激しました。特にこの世の花と思い出さん今日わは一番好きな歌です。数年前に鳥取空港で星野先生にお出会いこの歌詞の話をしていました。この歌を聴いて感激しました。二木先生に感謝です。

投稿: 古川毅彦 | 2014年12月 1日 (月) 22時15分

「思い出さん今日は」お千代さんのこの歌は、失恋した乙女心のさびしさ、いじらしさ、健気さを感じさせます!

私が1993年に購入した、星野哲郎作詞生活40年記念アルバム『歌いとしきものよ』の別冊子の一ページには、

『当時のベストセラー、サガンの「悲しみよ今日は」から思いついたタイトルです。作曲の古賀先生、歌手のお千代さんとも初顔合わせでした。・・』と、作詞家星野哲郎の解説が記載されています。

「思い出さん今日は」ここでメロディを聴く度に今でも想い出すのは、私が幼いころ、台所に立つエプロン姿の母が料理を作りながら、よくこの歌を口遊んでいたことです。その影響なのか、私も幼いころにはいつしかこの歌を口遊んでいたことを憶えています。

投稿: 芳勝 | 2022年2月27日 (日) 21時10分

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