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2008年12月 4日 (木)

ラ・クカラチャ(2)

ラ・クカラチャ(1) から続く〕

 『ラ・クカラチャ』は、ラテン音楽ではコリードcorridoというジャンルに属します。コリードは簡単にいえば民謡ですが、庶民の喜びや悲しみ、希望、できごとなどをバラードのように詠っているのが特徴です。そのため、概して長く、何番もある歌が多くなっています。

  『ラ・クカラチャ』の原曲はスペインの古い民謡で、メキシコへの移民が持ち込んだものとされています。1818年にはこの歌に言及した文献があるようなので、たぶんそれ以前にメキシコに入っていたと思われます。
 長い歴史のなかで次々と歌詞が付け加えられたため、ヴァリアントが非常に多く、とりわけメキシコ革命の最中には多くの歌詞が付け加えられたようです。

 これがビジャ軍のテーマソングというか、愛唱歌になったのは、ハイテンポで単純なメロディの繰り返しが、行軍中に歌うのに適していたからでしょう。

 ラ・クカラチャというタイトルは、当時の農民が着ていた黒い麻の服、または兵士といっしょに行動していた女性たちが背負う黒い鍋を後ろから見ると、ゴキブリのように見えたから、という説が有力です。

 ちょっと興味深いのは、コーラス部分の歌詞です。これをそのまま訳すと、次のようになります。

La cucaracha, la cucaracha,
Ya no quieres caminar,
Porque no tienes,
Porque le falta,
Marihuana que fumar.

ラ・クカラチャ、ラ・クカラチャ
もう歩きたくねえ
だってねえんだもん
吸うマリファナが
ねえんだもん

 このころ、メキシコ庶民の間でマリファナが普通に吸われていたことをうかがわせる歌詞です。
 なお、マリファナmarihuanaはmarijuanaとも綴ります。「j」はフという喉音です。

 マリファナなんてヤバいものが出てくるせいかどうかわかりませんが、日本語詞ではいずれもこの部分が訳されていません。とりわけ、NHKの「みんなの歌」で歌われた『車にゆられて』は、下記のように健康きわまる歌詞になっています。子どもが歌う歌ですから、あたりまえですが。

車にゆられて(作詞:佐木 敏)

1 山のふもとまで 続いている道
  森のはずれには サイロが見えるよ
  車にゆられて 仕事にでかける
  ぼくたちの顔に 朝日がまぶしい
  ラ・クカラチャ ラ・クカラチャ
  ゆらゆらゆれて
  (*)ラ・クカラーチャ ラ・クカラーチャ
     牧場(まきば)の中の
     ラ・クカラーチャ ラ・クカラーチャ
     でこぼこ道を
     ラ・クカラーチャ ラ・クカラーチャ
     車がゆくよ

2 草刈りの仕事 ぼくたちの仕事
  一日働き 車にいっぱい
  乳をしぼるのは きみたちの仕事
  空を見上げれば お日さま笑う
  (*繰り返す)

3 乾草を運ぶ 車の上でも
  ギターにあわせて ゆかいに歌おうよ
  夕日に向かうと 長い影ぼうし
  ぼくらのあとから 追いかけてくる
  (*繰り返す)

 『ラ・クカラチャ』が日本に初めて紹介されたのは昭和9年(1934)のことで、『涙の渡り鳥』などのヒット曲をもつ小林千代子が歌いました。これがわが国で初めて録音されたメキシコ音楽です。

 ビジャ軍と同じように、サパタ軍にも愛唱歌ないし行軍歌がありました。それが『ラ・アデリータ』です。『ラ・クカラチャ』より重厚で勇壮なメロディです。
 ギターの名曲『アルハンブラの想い出』の作曲者F.タルレガ
(タレガとも)に『アデリータ』という作品がありますが、よくこれとまちがわれます。

 『ラ・クカラチャ(1)』で見たように、メキシコ革命には劇的な要素が充ち満ちているところから、これまで幾度となく映画化されてきました。
 代表的なのは『革命児サパタ』
(エリア・カザン監督、1952年)と『戦うパンチョ・ビラ』(バズ・キューリック監督、1969年)の2つ。タイトルどおり、それぞれサパタとビジャの伝記映画です。
 前者はマーロン・ブランド、後者はユル・ブリナーが主人公を演じました。ユル・ブリナーの毛を生やした
(カツラ?)が印象的でした。

 マカロニ・ウェスタンにも、メキシコ革命を舞台とした作品がいくつかあります。マカロニ・ウェスタンとはイタリア製の西部劇のことです。
 『群盗荒野を裂く』
(ダミアノ・ダミアーニ監督、1968年)と『夕陽のギャングたち』(セルジオ・レオーネ監督、1972年)が代表的。

 私はこれらの作品をそれぞれ2,3回ずつ見ています。しかし、いちばん印象の強かったのは、約半世紀前に一度だけ見たメキシコ映画『サン・ブラスの動乱 大砂塵の女』(イスマエル・ロドリゲス監督、1959年)です。
 私が初めて『ラ・クカラチャ』を聞いたのがこの映画だったということもありますが、要所要所でこの歌が流れて物語を進めていく斬新な手法が、記憶に強く刻まれた原因だと思われます。

 映画はこんな粗筋でした。

 「ラ・クカラチャ」と呼ばれる気性の激しい浮気女が、革命軍の隊長に惚れます。最初は相手にされませんでしたが、敵軍が攻めてきたとき、クカラチャが兵士たちを叱咤激励して撃退したのを機に、隊長と恋仲になります。

 しかし、彼女の前の恋人に決闘を挑まれ、やむなく殺してから、隊長の心は、町の有力者の未亡人で慎ましい性格の女性に向かいます。クカラチャはその女性を殺そうとしますが、果たせません。転戦する部隊を追って、隊長に愛を迫りますが、隊長の心は未亡人に向いたままです。

 放浪の末、貧苦のなかでクカラチャは隊長の子を生みました。洗礼を受けさせるため、初めて教会の門をくぐり、祈る彼女の耳に革命軍の帰還を告げる鐘の音が聞こえました。
 クカラチャは子を父親に見せようと高く差し上げて走り寄りますが、隊列に隊長の姿はありません。兵士の1人から、隊長は最後の戦闘で手柄を立てて亡くなったと告げられました。

 クカラチャは隊列のなかに未亡人を見出しますが、見交わす2人の目にもう憎しみはありません。翌朝、革命軍の見送りに出たクカラチャは、赤ん坊を抱いたまま、その隊列に加わるのでした……。 

(二木紘三)

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コメント

 さすがメキシコ、何と陽気な軍歌であることか。日本のそれとはえらい違いですね。メキシコの近代史など全く無知な私ですが、二木先生の解説でパンチョ・ビジャという実に魅力的な人物を知ることが出来ました。小作農の息子として生まれ、早くに父を亡くし、山賊の親分にまでなり、最初に出会った親方ゴンザレスの薫陶を生涯律儀に守り、終始民衆の解放のために闘い続け、勝利して平和な生活も束の間、暗殺により45年の生涯の幕を閉じるという、もう完全に映画のヒーローですね。
 映画といえば、今から40年以上も前に、革命前夜のメキシコを舞台にした『ベラクルスの男』という映画を観て以来、主役で殺し屋役のリノ・バンチュラの大ファンになりました。

投稿: くまさん | 2008年12月 4日 (木) 21時37分

いやあ、出ましたね。ラ・クカラチャ(1)を拝読して(2)できっと「大砂塵の女」についての記述があるものと期待しておりました。
当時よくあった2本立て抱き合わせ上映の1本で私もこの映画を見ました。こちらの印象が強く、本命で見たはずのもう1本が何であったか、とんと思い出せません。それほどにこの大砂塵の女が記憶に残り、こ歌も耳に蘇って来ます。

今後も歌にまつわる古い映画の話を期待しています。

投稿: ノムラ ヒデキ | 2008年12月 5日 (金) 17時18分

ラ・クカラチャ

いや~、そうだったのか!この様な背景から出てきたのかと、楽しませて頂きました。
ただ、コーラス部分の西語、quieres, tienesと二人称ですからle faltaは te faltaのミスプリントではないですか?
「お前、マリファナが切れたからって、もう、歩きたくねぇのか」とは、確かに、今時、大声では歌えませんよね。面白い!

投稿: 物好きマンボウ | 2009年1月28日 (水) 09時52分

 兵隊等の行進の歌ではないだろうかと最近まで思っておりましたが、この歌の背景と詳細を(1)と(2)の<蛇足>で初めて知りました。

 数年前、春か夏の甲子園での高校野球で<・・・ラ・クカラーチャ・・・>のサビのところからブラスバンドの演奏で何処かの学校が応援していたので、もしやと思い歌の本でこの歌を探し出しました。
 それにしても二木先生の「ラ・クカラーチャ>の物語の詳しい解説でまたひとつ知識が増えました。

 この様に正に『生涯学習』を受けてる様で、授業料として感謝の気持ちもあり数ヶ月前に振込みしました。皆さんも如何でしょうか?

投稿: 尾谷 光紀 | 2009年1月28日 (水) 10時24分

なるほど、クカラチャ——コクローチ・・ゴキブリなんですね…。
中学のとき音楽教科書に載ってたような。
陽気なマリアッチという感覚だけで、メキシコ革命のことなんてサラサラでした。 二木先生もご覧になったという「夕陽のギャングたち」、私も三度ほど観たでしょうか。 セルジオ・レオーネらしい凄まじいアクションとスケールの大きさ。メキシコ革命が舞台ですからテーマが重苦しいところがあって、作品の評価も賛否分かれる所ですね。 原題でもモメたらしいですが、邦題も内容にまるっきりそぐわないし……。
 私が感銘したのはエンニオ・モリコーネの音楽です。
テーマ曲の美しさは極上です。ストリングスの調べに乗っての、素晴しいスキャト。 モリコーネ作品の中で私のbest1です。皆さんにおすすすめのメロディです。
「ラ・クカラチャ」からはずれちゃって…ごめんなさい。

投稿: かせい | 2014年3月29日 (土) 00時19分

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