一週間
(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo
ロシア民謡、日本語詞:楽団カチューシャ
1 日曜日に 市場へでかけ |
《蛇足》 世界中で歌われ、親しまれてきたロシア民謡で、知っている人は多いと思います。
古いロシア民謡には、恋愛や家庭生活、農作業などを歌ったものや風刺歌、滑稽歌など、いろいろなテーマがありますが、それらは大ざっぱにいってプロチャージナヤとチャストゥーシカの2系統に分けられます。
プロチャージナヤは、スローテンポな抒情歌が多く、通常ダンスはつきません。近代になってから西欧音楽の影響もあって、「ロシア・ロマンス」と呼ばれる歌曲風の歌に昇華しました。
チャストゥーシカは、テーマはさまざまですが、ハイテンポで、ダンスがついたり、手拍子で歌われたりするのが特徴です。何人もが掛け合いで歌ったり、歌詞を即興で作ったりする例もかなりありました。『一週間』は、このチャストゥーシカに属します。
第二次大戦後、我が国では『ウラルのぐみの木』や『モスクワ郊外の夕べ』『バルカンの星の下に』『カチューシャ』などもロシア民謡として扱われてきました。しかし、これらは、旧ソ連時代に生まれた大衆歌謡で、作詞者・作曲者がはっきりしており、本来はロシアのポピュラーソングとすべきものです。
『一週間』は、私も高校・大学時代によく歌いました。歌いながら、めちゃくちゃな歌詞だなと思いました。
まず不思議に思ったのは、キリスト教では日曜日は安息日で、市場は閉じているはずなのに、糸と麻(原詞では紡錘と麻くず)をなぜ買えたのかということ、次に、金曜日に仕事をしないで、土曜日にはおしゃべりばかりしていたのはどうしてかということでした。
今回、この歌について少しばかり調べてみた結果、そう支離滅裂な歌詞ではないと思うようになりました。
最初の疑問について見てみると、日曜日を安息日とするのは、カトリックやプロテスタントなど西方系のキリスト教で、ギリシア正教を教義とするロシア正教会やグルジア正教会など東方系のキリスト教では、土曜日が安息日になっています。西方系・東方系とも、教派によって違いはありますが。
ですから、ロシアでは日曜日にも市場は開いており、買い物をしても差し支えなかったわけです。
旧約聖書では、日没から翌日の日没までを1日としています。したがって、東方系キリスト教の安息日は、金曜日の日没から土曜日の日没までとなります。
それならば、金曜日の日没までは仕事をしてよいはずなのに、なぜ「糸巻きもせず」なのか。ただ怠けていただけなのでしょうか。
東スラヴ神話には、モコシ(Мокошь)という地母神がいます。地母神とは、多産、肥沃、豊穣をもたらすとされる女神です。地母神神話は、ヨーロッパ全域からメソポタミアにまである伝承で、母系社会の名残とされます。
モコシは、キリスト教が入ってくると、その弘布に大功のあった聖女パラスケーヴァ・ピャートニツァと同化し、結婚や出産・家事などの女性の生活や、大地の恵みと繁栄を司る女神として崇められるようになりました。
ロシア最古の都市・ノヴゴロドでは、その昔、頭が紡錘の形をした絵姿で表されていたといいます。上の絵はモコシの画像です。
金曜日は、翌日の安息日に備えて心静かに過ごすべき「準備の日」とされており、この日に女性が家内労働をすると、パラスケーヴァ・ピャートニツァが怒って祟りがあると伝えられています。
まあ、うがった見方をすれば、パラスケーヴァ・ピャートニツァにかこつけて女性が仕事を休んだだけかもしれません。
また、神の恩寵に感謝し、祈りを捧げるべき安息日におしゃべりばかりしていていいのか、という疑問がわきますが、この部分の原詞は「土曜日中は亡くなった人たちすべてを偲ぶ(Во субботу всех померших поминают.)」となっています。
原詞では、安息日を神妙に過ごしたことになっているわけです。
3番では、女性が彼氏を送っていったことになっていますが、ふつう恋人を送っていくのは男性でしょう。
そこで原詞を見ると、「送っていった」の部分は「私は見送った(я тебя провожала)」となっています。これならわかります。
いちばん不可解なのは、2番の「月曜日にお風呂をたいて/火曜日はお風呂に入り」です。月曜日にお風呂をたいたら、火曜日にはお湯が冷めてしまっているだろうと、だれでも思います。
これは私たちが、「お風呂イコール湯につかるお風呂」と考えているからだと思われます。原詞の単語はбанюшку(バーニュシクゥ)で、これは蒸し風呂を意味するбаня(バーニャ)に縮小辞がついたもの(ここでは対格)です。
баняは浴室一般を意味する単語ですが、実際には蒸し風呂付きの浴室という意味で使われています。
縮小辞は、ドイツ語の-chenや-leinと同じで、小さいという意味はほとんどなく、愛情や愛着、親近感を表します。つまり、「小さな蒸し風呂」ではなく、баняと同義と考えてよいでしょう。
ロシアだけではなく、多くの国で、ある時代までは、風呂といえば蒸し風呂でした。
『風呂と日本人』(筒井功著、文藝春秋社刊)には、「江戸時代までは、『風呂』というのはサウナ式の蒸気浴・蒸し風呂のことをいい、今日のように浴槽の湯に浸かるのは『湯』といい、『風呂』と『湯』とは、はっきり区別されていました」とあります。
蒸し風呂の方法はさまざまですが、粘土で固めたり、石を積んで作った室(むろ)、あるいは自然の岩穴の中で薪をガンガン焚き、火が消えたあと、中に入って汗をかく熱気浴と、室あるいは小部屋の中で石ころを真っ赤になるまで焼いてから水を掛け、その蒸気を浴びる蒸気浴が代表的です。
バーニャもしくはバーニュシクゥは、後者のタイプです。いったん熱した石は、火力を落としても、焚き続ければかなり長く熱が保たれます。また、石を焼くのに手間暇がかかるので、用意ができたら、隣近所の人たちや友人にも入ってもらい、自分が入るのは次の日になったということもあったのでしょう。
『風呂とペチカ』(V.A.リピンスカヤ編、齋藤君子訳、 群像社刊)には、19世紀まではペチカ(печка)がしばしば蒸し風呂として使われていた、とあります。
ペチカは、ロシア伝統の暖炉兼調理器具ですが、ロシアの近隣地域でも広く使われてきました。
伝統的なペチカの炊き口は50センチ四方ぐらいで、ここで火を焚くと、レンガなどで造った壁の内部に巡らされた煙道に熱が伝わり、それが壁から輻射されて複数の部屋を暖めることができます。
十分暖まるまでに時間がかかるのが難点ですが、いったん暖まると、やわらかい暖かさが長く続きます。
調理器具としては、オーブンやレンジ、パン焼き窯として使われます。調理が終わったあと、内壁に水をかけ、焚き口から暖炉内にもぐり込み、蒸気浴を楽しんだものだそうです。調理・食事・後片付け・夜なべ仕事の終わったあとなら、12時過ぎ、つまり翌日になることもあったでしょう。
以上、あくまでも想像ですが、それほど不自然なことではないと思います。
ただ、この手の歌は、あれこれ解釈をめぐらすより、歌い継がれてきた流れのなかで生じた不可解さを楽しむのが正しい歌い方かもしれません。
(二木紘三)
コメント
映画『ディア・ハンター』はベトナム戦争に徴兵されたロシア系アメリカ人の若者たちを描いた映画です。戦地に赴く前に、一人の若者が結婚し、ロシアの伝統を受け継いだ挙式がとり行われます。そして披露宴ではロシア民謡が奏でられ、皆で歌い、踊りますが、その中でこの『一週間』も歌われます。
ベトナム戦争は東西冷戦のさ中で勃発した戦争であり、ロシア人の築いた共産主義国家ソビエトの支援する北ベトナムとの戦いにロシア系アメリカ人が赴くという設定に、この映画の強烈な皮肉を感じました。そして最後のシーンでは、アメリカを讃える歌『God Bless America』を皆で合唱します。民族とは何か、国家とは何かを考えさせる映画です。
投稿: yoshi | 2013年8月 8日 (木) 10時43分
ピーターポールandマリーのNo other Nameの訳詞と曲の内容を解説していただけますか?
投稿: s&m-papa | 2013年8月10日 (土) 01時17分
s&m-papa様
このページはこの種のご質問にお答えするのに適切ではないのですが、PPMに詳しい方の目に触れてより正確な情報をいただける可能性があるので、あえてここに掲載します。原詞はPPMの公式サイトの歌詞ページ(下記)にあるので、それをご覧ください。
http://www.peterpaulandmary.com/music/f-08-04.htm
PPMは1960年代~70年代に反人種差別、反戦、非暴力などをテーマとしたメッセージソングを数多く歌った人気フォークグループです。この歌も、戦場で死に直面している兵士を歌った曲だと思われますが、確信はありません。ほとんど諷喩や寓喩で成り立っている歌詞で、私の力ではこの程度にしか訳せません。歌える日本語詞は存在しないようです。
なお、新約聖書の使徒行伝4章12節に、"Salvation is found in no one else, for there is no other name under heaven given to men by which we must be saved." というフレーズがあり、このなかのno other nameはキリスト指すとされています。歌詞に何度か出てくるno other nameも、これと同じかもしれません。
光り輝く炎の明かりによって私を知ってください。
私が横たわったあなたのベッドによって私を知ってください。
ほんの一夜のことかもしれませんが、私を知ってください。
あなたはただ1つの名によって私を知るでしょう。
娘たちのなかにはあなたに銀をもたらす者もいるでしょう。
すばらしいスペイン・レースをくれる娘もいるかもしれません。
何人かは「あなたが好きよ」というでしょう。
なかには私のような面立ちの娘もいるかもしれません。
何人かは黄金をくれたり赤ん坊を授けてくれたりするでしょう。
私があなたにもたらすのは痛みだけでしょう。
もしその気があるなら、丘を吹く風でも私を知ることができます。
あなたはただ1つの名によって私を知るでしょう。
金銭のために死ぬ娘たちもいるでしょう。
生命を得たがゆえに死ぬ娘たちもいるでしょう。
何人かの娘たちは、愛のためなら死んでもいいわと誓うかもしれません。
朝が来るごとに亡くなる娘たちもいます。
私は家郷を離れて一人で死ぬでしょう。
私がどこに来たたか知る者は一人もいません。
私の頭のところに置かれた墓石は、私の死を物語るでしょう。
その石はただ1つの名によって私を知るのです。
その石はただ1つの名によって私を知るのです。
(二木紘三)
投稿: 管理人 | 2013年8月10日 (土) 18時16分