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2013年8月18日 (日)

夢去りぬ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:奥山 靉、補作詞:村雨まさを、作曲:服部良一、唄:霧島 昇

夢いまだ さめやらぬ
春のひと夜
君呼びて ほほえめば
血汐おどる
ああ 若き日の夢
今君にぞ通う
この青春の夢も
さめて散る花びら

過ぎし夢は はかなく
消えて悲し 今はただ
君がやさし 面影
胸にえがき 今日もまた
ギターを弾きて 歌うは
君の大好きな あの歌
今はせつなく響く 恋の思い出よ

   (間奏)

ああ 若き日の夢
今君にぞ通う
この青春の夢も
さめて散る花びら

《蛇足》 5音短音階が主流を占めていた昭和歌謡の世界に、7音長音階の洋楽的作品で挑戦し、一大潮流を作り上げたのは、服部良一です。彼は、ジャズやブルース、タンゴ、ボレロ、ルンバ、ブギといった、それまで一部の先進的音楽ファンしか知らなかった曲調の作品を次々と発表しました。

 その服部良一が満を持して発表したタンゴが、この『夢去りぬ』です。彼は、この曲に自信をもち、また愛着もあったようで、実に5回にわたり、いろいろな形で世に問うています。

 最初は昭和14年(1939)2月に、洋盤として発表されました。タイトルは"Love's Gone"で、作詞:Reo Hatter & Vic. Maxwell、作曲・編曲:Reo Hatter、演奏:Vic. Maxwell and His Dance Orchestraで、ヴォーカルはVic. Maxwellでした。
 この曲
には、『夢去りぬ』という邦訳題名がついていました。

 Vic. Maxwellはファクトマン(綴り、フォアネームは不明)の変名で 実在の人物です。日独のハーフで、このころは日本コロムビアの社長秘書をしながら、歌の勉強をしていました。

 Reo Hatterは服部良一をもじったもので、R. Hatterと表記されることもあります。盤面には、Hatterとだけ表示されています。
 英語で作られた歌詞は、1聯分だけで、演奏の後半部分で歌われています。

 この発売の2か月後には、インストゥルメンタル盤がリリースされました。演奏は、どういうわけかL'ACCORDEONISTE HENRI RENARD et SON ORCHESTREというフランス名の楽団になっています。
 実は、
Vic. Maxwell and His Dance OrchestraもL'ACCORDEONISTE HENRI RENARD et SON ORCHESTREも、日本コロムビアの専属オーケストラでした。洋盤として出す関係上、外国の楽団名にする必要があったわけです。

 また、同じ年の11月には、"Love's Gone"のメロディに藤浦洸が詞をつけた『鈴蘭物語』が発売されました。
 さらに、翌昭和15年
(1940)9月には、南雅子が詞をつけ、スリー・シスターズの歌・演奏で『夢去りぬ』が発売されました。

 スリー・シスターズは日独混血の3人姉妹で、長女の雅子がヴォーカル、次女澄子がスティールギター、3女芳江がウクレレを担当するハワイアン・グループでした。そのため、このヴァージョンはタンゴにハワイアンが混じった独特の味わいの演奏となりました。

 上記の詞による『夢去りぬ』が霧島昇の歌でリリースされたのは、戦後の昭和23年(1948)2月のことです。作詞は奥山靉(あい)ですが、発売目録では加茂六郎となっていました。
 
奥山靉の詞は、"Love's Gone"につけられた英語詞の音数に合わせて1聯だけでしたが、村雨まさをが2聯目と最後の繰り返し部分を付け加えて、上記の形にしました。
 村雨まさをは、服部良一が作詞するときの名前です。この名前でかなりの数の自作曲に詞をつけています。

 服部良一が最初この曲を洋盤として出したのはなぜでしょうか。
 ネット上には、洋楽っぽい曲は検閲当局によって発売禁止にされたが、輸入盤は許可されていたので、外国曲に見せかけて発表した、という趣旨の記述がいくつも見られますが、これは事実と異なります。

 確かに、昭和9年(1934)に始まった内務省のレコード検閲は、年を追うごとに厳しさを増していました。各レコード会社も、当局に目をつけられるのを恐れて自主規制していたので、洋楽っぽい作品が多少出しにくくなっていたのは事実です。
 しかし、昭和16年
(1941)の初めごろまでは、服部良一も含め、多くの作曲家がジャズ風、タンゴ風、ブルース風、ルンバ風などの作品を出していました。

 だいいち、『夢去りぬ』が発売禁止や会社の自主規制のために邦盤として出せなかったという形跡はありません。同じ年に『鈴蘭物語』、翌年『夢去りぬ』が邦盤として発売されているのです。

 邦盤として出せなかったので、輸入盤に見せかけて日の目を見させた、というのは、昭和14年(1939)の末に発表、即発売禁止となった『夜のプラットホーム』と混同されているのではないでしょうか。
 
『夜のプラットホーム』が発禁になったのは、洋楽ぽかったからではなく、歌詞や曲調が兵士の厭戦気分を助長すると判断されたからです。

 『夢去りぬ』を最初"Love's Gone"という洋盤として出した理由について、服部良一は『上海ブギウギ1945─服部良一の冒険』(上田賢一著、音楽之友社)で、次のように語っています。
 「別に深い意味はなく、面白そうだからやってみただけのことです」

 「深い意味はない」といっていますが、服部良一は自分の自信作が洋楽としてどの程度の評価を受けるか測ろうと思ったのではないか、と私は想像しています。
 この曲が洋楽ファンから受けた評価は、おそらく本人の期待以上のものだったろうと思われます。
 耳の肥えた洋楽ファンにとどまらず、海外で本場のコンチネンタル・タンゴをたっぷり聴いてきたはずの音楽評論家たちでさえ絶賛しました。大戦間に発表されたコンチネンタル・タンゴのなかでは、最良のものの1つといっても過言ではないでしょう。

 あまりに人気を博したため、戦後『夢去りぬ』として発表されたとき、ちょっとした問題が起こりました。
 「服部良一は戦時中の名曲、R. ハッターの『ラヴズ・ゴーン』をそっくりそのまま盗用している」と非難されたのです。もちろん、この疑惑はすぐに晴れました。
 大ヒット曲の多い服部良一ですが、この曲も代表作の1つとしてCD3枚組のアルバム『僕の音楽人生』などに収録されています。

(二木紘三)

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コメント

待ちに待った曲 夢去りぬ です 二木先生有難うございます

投稿: 夢見る男 | 2013年8月18日 (日) 09時05分

1939年「夢去りぬ」こんなエキゾチックなタンゴの曲を服部良一が・・・外国の曲だとばかり思っていましたが大発見です。
1948年仁木地喜雄作曲でクラベスが良く効いた「さよならルンバ」、1954年矢野亮作詞吉田矢健治作曲でハバネラムードの「スペインの恋歌」(松島詩子歌)、これらの曲はイントロ・インタールド・エンディングがそれぞれ際立って本歌のテーマを盛り上げいや逆にテーマに盛り上げられていて不思議でドラマチックなロマンを醸し出しています。
「夢去りぬ」の演奏にも食指が湧き譜面を探そうと思っていますが、ご存知の方ご教示下さい。

投稿: 尾谷光紀 | 2013年8月20日 (火) 21時58分

尾谷光紀さま
当方アコーディオン歴35年で、あちこちの歌声サロンや施設へのボランティア演奏活動をしています。
「夢去りぬ」の楽譜を探しておられる由。以前テノールの五郎部俊郎氏のCDを聞いたあと、私なりに楽譜を起こしたのを持っております。
よろしければお役に立ちたいと思っております。
追記になりますが、わたしもこの二木氏のサイトは非常に参考にさせていただき、勉強になります。
またこのサイトに寄せる多くのファンの方々の熱い思いをも力にさせていただいております。

投稿: 山本汎昭 | 2013年11月17日 (日) 11時18分

山本汎昭先生、今日はリベリカでの『1月生まれ誕生日会&第一回歌声喫茶inリベリカ』で、先生のアコーディオンによるそれぞれ男・女のキー即対応で、青春時代にタイムスリップしたような3時間30分というHappyな時間を有難うございました。
「夢去りぬ」の譜面につきましてはお心遣いありがとうございます。後月先生の歌声の会にお伺いしたいと思いますのでよろしくお願い致します。

二木先生、このブログでのこんなご縁をありがとうございました。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年1月30日 (木) 23時19分

夢去りぬの楽譜 全音楽譜出版社刊行 浅野 純編 全音歌謡曲大全集(1)p336に掲載されています

投稿: 夢見る男 | 2014年2月 1日 (土) 08時58分

夢見る男さま
ご教示ありがとうございました。このブログの音楽フレンドの皆さんにも感謝しています。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年2月 1日 (土) 22時12分

最近、睡眠が上手く取れなくなって、昼間不意に眠くなったり、身体がだるくなったりで家事に支障をきたすようになってきました。お医者さんは「どこも悪い所はない」と言いますが、時、所を問わず眠くなるのは大変な苦痛を伴います。
これが年を取るという事なのかと思いますが、恋心が無くなって、もう会えないのだと思うようになったのが最大の原因のように思われます。本当に「夢去りぬ」になってしまったのだと思います。若い日の恋は「散ってしまった花びら」と同じで、拾い集めることが出来ません。初夏なのに心の中を湿った冷たい風が吹き抜けていきます。

投稿: ハコベの花 | 2019年6月 8日 (土) 20時59分

ロマンチックな 山の手の春の宵~
窓辺のテラスに佇めば 
密やかに漂いきたる 沈丁花の甘い香り…

「君去りぬ」を聴いたたとき、すぐに思い浮かんだのは、
若いころ嘗て住んでいた、横浜山の手(外人墓地)近くの西洋館でした。
高級商社マンなど西洋人が殆どでしたが、中華街が近くにあり、山手には春になると沈丁花の香りが漂って、
何とも言えずロマンチックでした。沈丁花は中国の産で世界三大香木のひとつ。
”君去りぬ” イメージの女性は大輪の牡丹のような原節子さん。彼女は不思議な方で、
外国人女性の豪華さに加えて、和風な趣をたたえていて、
’永遠の処女’ らしからぬ、時折 ’はすっぱ’ な挑戦的な眼差しをみせる。
原節子さんを超える美人女優はもう日本に出ないと思います。

映画「東京の女性」昭和14年、のクリップをあげた、
動画「夢去りぬ」の原さんは、イングリッド・バーグマンのように美しく大女優の風格がすでにある。

投稿: ミミ | 2026年9月 9日 (水) 04時39分

お美しい原節子さんの昭和14年「街」という映画のクリップを挿入した動画「古き花園」
うた物語には掲載されていませんが、サトーハチローの歌詞が郷愁をさそいます、、、今のわたしの胸にしみます

1.
古き花園には 想い出の数々よ

白きバラに涙して 雨が今日も降る

昔によく似た 雨の色はいぶし銀

ああ 変りはてた さみしいわが胸

2.
古き柳の蔭 想い出の数々よ

細き指に囁きて 風は今日も吹く

昔によく似た 風の言葉その香り

ああ みんな棄てた さみしいわが胸


原曲は少々古めかしいので、谷真酉美さんをお聴きください。

いくつになっても、胸に抱いてほしい、、、

男の人は、女の人を胸に抱きしめたいんじゃないでしょうか、いくつになっても、、それが男というもの

投稿: ミミ | 2026年9月 9日 (水) 14時54分

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