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2013年8月18日 (日)

鈴蘭物語

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:藤浦 洸、作曲:服部良一、唄:淡谷のり子

1 風薫るアカシアの 青い並木
  鐘鳴らすあの丘の 白いチャペル
  想いも黄昏るる トラピストの寺に
  君と手を取り行きし 思い出のあの道

            (間奏)

2 鈴蘭の花咲けば 思い出すよ
  その長い細道の 物語を
  真白き手を取りて トラピストの寺に
  身を捧げんと云いし 忘られぬ夕月

《蛇足》 昭和14年(1939)2月に"Love's Gone"(邦題『夢去りぬ』)として発表された曲に藤浦洸が詞をつけ、同年11月に日本コロムビアから発売されました。
 詞も曲もきれいな作品なのに、ほとんど再演されなかったのはなぜでしょう。

 藤浦洸はロマンチックな詞を書く人ですが、この星菫派(せいきんは)的な歌詞はとくにいいですね。

 私ははじめ、修道院に入るのは女性だと思い、その線で”蛇足”を書きました。女性が修道院に入るほうがロマンチックだと思ったからです。その蛇足についてコメント書かれた方々には申し訳ありませんが、歌詞を読み直しているうちに、修道院に入るのは男性だと思うようになりました。

 彼はあるとき、恋人とトラピストの寺に続く道を歩きました。その数ヶ月後か数年後、彼女を誘って同じ道を歩きました。そしてあるところで立ち止まり、彼女の”真白き手”を取って、修道士になる決意を告げるのです。
 
その決意をするまでには、ずいぶんと煩悶があったことでしょう。世俗と縁を切るということは彼女と別れるということも意味するからです。

 彼の決意を聞いて、彼女が衝撃を受けたか、あるいはそれまでの彼の言動からそれとなく察知していたはわかりません。いずれにしても、愛する人に訣別の決意を伝えることは、彼にとっては身を切られるような決心だったはずです。
 それゆえ、時間が経っても、そのときの情景を忘れることができないのです。

(二木紘三)

(2024/08/30 改稿)

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コメント

 この歌は、加藤登紀子が取り上げて歌っています。私は、個人的には淡谷のり子の歌よりも加藤登紀子の歌が好きです。
 加藤登紀子は、二番の
「その長い細道の物語を」を「あの長い細道の ほのかなりや」
と歌っています。
 先年、家族と北海道旅行をした際、函館のトラピスチヌ修道院を訪れました。ここが鈴蘭物語の舞台か、と長い細道を尋ねましたが、初めての場所で見当もつきませんでした。

投稿: みかん | 2013年8月19日 (月) 09時46分

小生、どうやら壮大な勘違いをしていたようです。

この修道院は実在してはおらず、歌詞もまた女性が(トラピスト)修道院に去りゆく男性を想い出している、と・・・

2連目の「真白き手を取りて」は、自分で言うか?ともいえますが年を経た手を見ながらとすればあり得る。

1連目の「君」については、当時は男性から女性への呼び掛けにも使われていましたが、管理人様がどこかで述べておられるように「彼の君」の略として使えるかと思えます。

ここから先は妄想です。
「トラピスト修道院」は宗教と深く結びついていた「帝国陸海軍」の隠喩ともとれます。

藤浦洸氏がそう意図していたとも、いなかったとも言い切れるものではありませんが昭和13年から14年にかけて男性が何らかの決断をしなければならない時代に傾斜していくころでした。

とすれば「真白き手を取りて」にも別の解釈も可能です・・・ね?

投稿: K.Taniguchi | 2013年8月20日 (火) 10時34分

昔、女学校時代の教頭先生の娘さんが北海道の修道院に入られて、もう2度と親兄弟にも会えないのだと聞かされました。信仰というものは不自然で不自由なものだと思いました。その数年後にキリスト教系の大学の学生だった彼から洗礼を受けようと思うが、という相談がありました。
私は信仰心というものが全くありませんので、神より自分の良心を信じよという手紙を書きました。勿論まだニーチェなど知らない時でした。彼は洗礼を受けませんでした。あの時、彼は何故洗礼を受けなかったのか聞きたくなることがあります。この歌を聴くと青春時代の心の揺れを思い出します。素晴らしい青春だったとも思います。

投稿: ハコベの花 | 2015年3月30日 (月) 23時35分

春風に春愁という言葉が頭を掠めました。なぜ悲しいのだろうかと、ふっとこの歌を思い出しました。開けてみたら15年の3月に自分の投稿がありました。今日同じ思いがまた甦ったのです。彼に「会いたい」と告げたくなりました。でも多分彼はもうこの世にいないだろうと思います。返らない後悔など何もならないのに、恋とは虚しいものですね。ハコベの花の白さが目に沁みます。

投稿: ハコベの花 | 2017年3月 4日 (土) 18時01分

 ハコベの花さま ありがとうございました。
久し振りにパソコンへ向かっての投稿です。
 最近の「うた物語」に集う仲間の皆さんのコメントを拝読いたしておりますが、心を揺さぶる熱い想いに時折胸にこみ上げる感動に誘われることがあり涙することも多々ありました。
 私とこの曲との出会いは、独身時代に社交ダンスのレッスンに夢中の頃、「夢去りぬ」のタイトルで著名なタンゴオーケストラの演奏に耳を傾け懐かしく想い出しています。
 今、改めて、二木先生の素敵な演奏のメロディーに酔いながら、ハコベの花さまの彼への想いには及びませんが、昨年の12月に「十代の恋よさようなら」で、コメントの中学時代の彼女への片想いは一度は胸に収めたものの、恋とはつくづく虚しいものと思う次第です。

投稿: 一章 | 2017年3月 4日 (土) 23時07分

 ハコベの花 様の投稿記事で、初めて「鈴蘭物語」に出合うことができました。新しい発見でした。有難うございました。
 メロディを聴き始めた途端、はて、どこかで聴いたメロディだなあと懐かしさが込みあげてきました。そうです。このサイトにも掲載されている「夢去りぬ」(S23)でした。
 このメロディは、戦後の歌謡曲黄金時代に聴いた遠い思い出があったくらいで、久しく聴いておりませんでしたが、最近、ある男性オペラ歌手が「夢去りぬ」を歌っているのをCDで聴いたことをきっかけに、いい歌だなあと心にとどめていました。
 「東京の屋根の下」や「銀座カンカン娘」など、服部メロディは好きなものが多いですが、「鈴蘭物語」では、1番目歌詞の4行目部分の、♪君と手を取り行きし…♪のところは、たまらなく魅力的に感じています。

投稿: yasushi | 2017年3月 5日 (日) 09時17分

最近、夫と死別した友人から時々電話を貰います。見合いで結婚して恋もせずに年老いてしまったという後悔の言葉を聞きます。愛されていたという実感がないし、いつも叱られてばかりいて、心から楽しかったという思い出が無いと言います。生活に不自由はなかったけれど虚しい結婚生活だったとも言います。ドキッとする恋の喜びを経験させてやりたいと思いますが、もう無理ですね。本人にも恋する気持ちがなかったようです。そんな友人が沢山います。夫婦としての家族愛はあったかもしれませんが、やっぱり青春時代の切ない恋心は青春でしか味わえないものなのでしょうか。男性なら抱きしめたい、女性なら抱きしめられたい、それが恋だと友人に話します。最も私も指先も触れずに別れた人が一番懐かしく思われます。別れて半世紀以上経つのにまだ切なさがこみあげてくるなんて若い時には思ってもいませんでした。言い知れぬ哀しみもついてきます。身体は老いても心は老いないものなのですね。青春は永遠なのでしょう。

投稿: ハコベの花 | 2017年8月22日 (火) 16時54分

ハコベの花様のコメント読ませてもらっています。ありがとうございます。
さて、このままでは愛された覚えがないということになりかねないし、しかし、愛してるとか言ったのが何時のことだったかという状況では仕方ないなと思っています。
ハコベの花様が鈴蘭物語の美しさに魅かれることと青春の恋心を愛おしむこととは同じ心ではないかと勝手に推察し、我が愛しき妻には家族愛に引き籠っていないで、せめて、美しいものを美しいと感じる心をもう一度取り戻してほしい。愛してるはちょっと無理でもありがとうとか言える勇気が私にあればいいですけど

投稿: 岩下 | 2017年8月25日 (金) 20時59分

岩下様 長い年月共に暮らしてきた奥様が自分と同じ心を持っていると思えばそれで充分なのだと思います。私の友人は自分の母親が年を取って病んでいるとき、看病をしたかったのに「お前はこの家に嫁に来たのだぞ」と言って看病に行かせませんでした。一事が万事で妻を自分の持ち物だと思っていたのですね。岩下様はきっと優しい方だと思います。言葉より行動で愛してあげて下さい。妻にも自由を!!

投稿: ハコベの花 | 2017年8月26日 (土) 21時24分

ハコベの花様 あまり繰り返しの応答になってはと思い遅くなりました。先日はありがとうございました。
今、チャペルの鐘のコメントを読んでおりましたら体調を崩されたかと気になりました。男性に分からないものかもしれませんが、美しすぎる楽曲と思い出があんなに深く哀しく重なるものなんですね。同日の一章様のコメントとほぼ同じで、そのこと自体輝いて見えます。同時にちょっと苦しみに近いほど思い詰められるのもいかがなものかとも思いました。
季節の変わり目です。ご自愛くださいますように。

投稿: 岩下 | 2017年8月31日 (木) 22時43分

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