« 会いたい | トップページ | もしも明日(あした)が »

2014年4月29日 (火)

角兵衛獅子の唄

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:西條八十、作曲:万城目正、唄:美空ひばり

1 生まれて父の 顔知らず
  恋しい母の 名も知らぬ
  わたしゃ旅路の 角兵衛獅子
  打つや太鼓の ひとおどり

2 情けを知らぬ 親方の
  昼寝のひまに 空見れば
  雁も親子で 帰るのに
  わたしゃ越後へ いつ帰る

3 旅路にまたも 茶の花が
  匂えば故郷(くに)を 想いだす
  赤い万燈 村まつり
  幼馴染が 忘らりょか

《蛇足》 昭和26年(1951)1月公開の松竹映画『とんぼ返り道中』の主題歌『越後獅子の唄』が非常に好評だったため、同年、同じテーマで映画と連動して歌が作られることになりました。それが『角兵衛獅子の唄』で、作詞・作曲・唄は『越後獅子の唄』と同じメンバー。

 映画は松竹の人気シリーズの1つ『鞍馬天狗・角兵衛獅子』で、杉作役の美空ひばりが劇中で歌いました。
 鞍馬天狗役はいうまでもなくアラカンこと嵐寛寿郎。これだけの記述で、46本に及ぶ鞍馬天狗シリーズのモノクロ画面を思い浮かべられる人は、もう少ないでしょうね。
 別の俳優が鞍馬天狗を演じた作品もありましたが、ほとんどが興行的に失敗しています。
 杉作役は、美空ひばりのほか、松島トモ子も何回か演じています。

 さて、『角兵衛獅子の唄』ですが、やはり二番煎じ感が否めず、そこそこヒットしたものの、『越後獅子の唄』には大幅に及びませんでした。

 角兵衛獅子は越後獅子と同じです。『越後獅子の唄』のページにも書きましたように、新潟県西蒲原郡月潟村
(現・新潟市南区)で生まれた芸能であることから、蒲原獅子(かんばらじし)とも呼ばれます。

 角兵衛獅子と呼ばれるようになったいきさつについては、諸説ありますが、江戸後期の風俗百科事典『嬉遊笑覧』には、蒲原獅子がなまって角兵衛獅子になったものであろうと記されています。

 いっぽう、北原糸子編著『日本災害史』
(吉川弘文館)には、「信濃川中流部の中之口川沿岸の農民角兵衛が、毎年の凶作や飢饉で困窮した村人を救おうと、獅子舞を創案したことによる」と述べられています。こちらのほうが信憑性が高いと感じられます。
 正式名称がどうであったかはわかりませんが、蒲原獅子・角兵衛獅子・越後獅子が時と場所によって使い分けられていたのでしょう。

(二木紘三)

« 会いたい | トップページ | もしも明日(あした)が »

コメント

私はこの歌が大好きです。
旅の角兵衛獅子の様子を唄っていて、特に3番の歌詞にメロメロになります。
私の持っているひばりのCDでは3番の「赤い万燈 村まつり」の「まつり」が「まつい」に聞こえるんです。

何だかひばりちゃんが、泣きながら吹き込んだのかなと思ってしまいます。
やはりひばりちゃんの感性なくしてこの歌はありませんね!!
ついでに一言、10代から20代前半までのひばりしか聞かないのです。
あの頃の純真さが私には宝物に思えているんです!!

投稿: ゆく | 2014年4月29日 (火) 20時27分

確かに「まつい」と聞こえますね。
そう言えば「り」と「い」は似てますね。
間違っちゃったのかな? おかしいですね。

投稿: y.y | 2014年4月30日 (水) 09時34分

数年の夏休みごとに、寺の境内に張った白幕に映る;鞍馬天狗シリーズを祖母や村の衆と見た記憶があります。危険が迫るチャンバラシーンで広がる夜空の一角を注視しつつ、オバーチャンは手に汗をかき「鞍馬天狗ホラ後ろが危ないデ」と応援していました。餓鬼小僧なのに、私は怖くてチラッと見るだけだったような…。多分あたりの暗闇がこわかったのかも知れません。

ひばりも`角兵衛獅子の唄`も見て聞いた筈なんでしょうね。全く覚えておりません。アラカンは小さな山裾にへばりつくような屋敷に住み、その隣の岩場で小僧たちは遊び、時々出会いました。やせた静かな大人やな~と思っていた記憶が微かに残っています。

`うた物語`にも拘らず、`角兵衛獅子の唄`メロディーが分らない、と言うか何処か遠くの知らない旋律になり、誠に恐れいります。その代り「蛇足」に心を奪われ、60年ほど前が蘇ります。有難く存じます。


投稿: minatoya | 2014年5月 1日 (木) 03時36分

映画「鞍馬天狗」といえば、アラカンこと嵐寛寿郎の当たり役でした。巷では、かれを奇人、好色漢、奔放な人などと揶揄していましたが、かれの「鞍馬天狗」に賭ける思いは、尋常ではなかったといいます。例えば、鞍馬天狗がスクリーンにさっそうと登場するとき、必ずかぶっている宗匠頭巾も、かれの考案によるものだとか。大仏次郎の原作を勝手に改変したりしたこともあって、原作者の怒りを買い、一時、「鞍馬天狗」を演じられなくなったときもあったそうですが、アラカンファンの熱烈な要請には、あの大仏次郎も兜を脱いで、かれに復活させたようです。やはりアラカンあっての「鞍馬天狗」であり、小説の売れ行きにも影響が大きかったからでしょう。
 アラカンにはエピソードがたくさんありますが、かれが最初に原作を読んだとき「ダイブツジローの、これはええですわ」と言った科白が有名ですが、始めから「オサラギジロー」とはなかなか読めませんね。

 残念ながら、わたしはこの映画を見ていません。この映画では、美空ひばりと若き日の山田五十鈴が共演しているそうですが、アラカンは、当時14歳の美空ひばりの役者としての素質を見抜き、「女の色香がある」と評したと言います。かれにして、この言ありでしょうね。
 

投稿: ひろし | 2014年5月 2日 (金) 16時56分

 美空ひばりさんのシングル盤560曲中「越後獅子の唄」は16曲目、「角兵衛獅子の唄」は25曲目のようです。
豊中・岡町駅西のカラオケ店『リベリカ本店』では、彼女の命日と月命日の24日は13:00~21:00間はひばりさんの歌のみで、皆さんは彼女だけには唯一“さん”付けです。
そしてカラオケは全部ありますのであまり知られていない歌を持ち歌にしようと、かなり遠方から歌いに見えます。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年5月 2日 (金) 22時03分

この映画を観たのは、私が小6か中1の時でした。この頃は時代劇の最盛期でしたね。坂東妻三郎の無法松、長谷川一夫の鼠小僧時次郎吉、市川歌右衛門の旗本退屈男、高田浩吉の清水次郎長、片岡千恵蔵の血槍富士(それに時代劇ではないけれど多羅尾伴内)、中村錦之助の一心太助、大川橋蔵の銭形平次、それに、この嵐寛の鞍馬天狗等等…。 時代は少し前後してるかもしれませんが、時代劇スターがキラ星のごとくいました。

更に脇役陣がみなすごい! 月形龍之介、 山形勲、進藤英太郎、薄田研二、 田中春男、吉田義夫、原健策、三島雅夫、杉狂児、 千秋実、加賀邦男、阿部九州男、堺駿二など、ほんとにうまい俳優がいっぱいいました。

子どもの私は、これらを数カ月遅れの三流小屋で夢中になって観ていました。やっぱり子供だから美空ひばりが好きでした。私より4歳年上だと思います。この頃の記憶が私のノスタルジアを今でもくすぐります。

ひばりちゃんが亡くなった10年後くらいに、ある会館で「ひばりオンステージ」の動画を、入場料を払って大スクリーンで見に行きました。60歳台でしょうか、当時からのファンたちが歌舞伎みたいにグッドタイミングで「ひばりちちゃん!」などと掛け声をかけるのでびっくりしました。同級生たちの集まりのようで、この雰囲気もいいなと思いました。

「越後獅子の唄」もいいけれど、私はこの「角兵衛獅子の唄」がもっと好きです。

投稿: 吟二 | 2014年5月 6日 (火) 22時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 会いたい | トップページ | もしも明日(あした)が »