白樺の小径
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作詞:佐伯孝夫、作曲:佐々木俊一、唄:淡谷のり子
1 白樺の この径は 2 夢の間に 夢のよに |
《蛇足》 昭和26年(1951)12月、ビクターのレーベルで発売。発売月は諸説ありますが、ここでは国立国会図書館の書誌情報によりました。
松山千春の『恋』に、「男はいつも待たせるだけで/女はいつも待ちくたびれて/それでもいいとなぐさめていた/それでも恋は恋」というフレーズがありますが、そんな感じの歌詞ですな。
『ソルヴェイグの歌』でも、ソルヴェイグは老いてもなお、若い日に出奔した放蕩者の恋人を待ち続けています。
「きっと迎えに来るから」は男の本心だったが、すぐには迎えに来られない事情ができてしまったのか、あるいは『木綿のハンカチーフ』のチャラ男のように、都会で簡単に気が変わっただけなのか。
できれば、この男は前者で、何年か経って約束通り迎えに来たと思いたい。
とはいうものの、この歌から70年後の今日、何年も心変わりせずに待っている女性は、そんなにはいないような気がします。「都合のいい女扱いしないでね」とせせら笑われそう。
(二木紘三)
コメント
心待ちにしていた、私の大好きな歌「白樺の小径」の登場、とても嬉しく思います。
大歌手・淡谷のり子さんの歌謡曲と言えば、先ずは、「別れのブルース」(S12)、「雨のブルース」(S13)、「君忘れじのブルース」(S23)など、短調の歌を思い浮かべますが、この歌は、少数派の長調の歌であろうと思います。
別れを予感させる、哀愁感溢れる歌詞ながらも、メロディは明るく美しく、ついつい、気軽に口遊んでしまいます。
なお、小柳ルミ子さんや木佐貫裕珠さんが歌う「白樺の小径」も、よく聴いております。
投稿: yasushi | 2021年5月 9日 (日) 10時32分
歌詞は春、夏、秋の時間の流れで恋人との別れを歌っていますが、「蛇足」に触発されてしまいました。
昭和26年というと戦後6年しか経っていません。どれほどの数の帰還兵があったのかはわかりませんが、中には長らく帰ることができなかった男たちもいたに違いありません。子供の頃、ラジオ番組で夕方になると必ず「尋ね人」の放送がありました。信じて待つ身の女たちにとって消息が全くつかめない状態でいるほど辛いものはなかったでしょう。
戦争によって引き裂かれてしまった関係、夫と妻、母と息子、恋人同士など沢山の映画の題材になっています。名作「かくも長き不在」、「誓いの休暇」、「ひまわり」などは帰りを待つ女の哀しい物語です。先日、NHKの朝ドラ「おちゃやん」の中の劇中劇で出征した夫を待つ妻に再婚話があるところに夫が帰還し、妻は再婚話を断っていたというハッピーエンドがありました。しかし現実には哀しく残酷な話もあったでしょう。
戦争を知らない戦後生まれの女たちはせせら笑いをしないでも「都合のいい女扱いにしないでね」ときっと言うでしょうね。
投稿: konoha | 2021年5月 9日 (日) 10時40分
今まで聞いたこともない歌にお目にかかりました。
蛇足にありますとおり、ソルヴェイグのような気持ちなんでしょうか。
女の人って可哀そうですね。
蛇足を読んでいるうちに、ある古今和歌集のなかの一つを思い出しました。
小倉百人一首にもとりあげられているので、皆様もご存知でしょうが。
今来むと 言いしばかりに 長月の
有明の月を 待ちいでつるかな 素性法師
「すぐ来るって言ってきたもんだから、ずうっと待って、とうとう秋の長月の夜を
有明の月を見てしまうまで待っちゃったじゃないの、ひどいわよ」
女の人って可哀そうですね。
(なお、素性法師は僧正遍照の子、親子ともども坊主でありながら女ったらしで有名でした。)
最後に、中里介山の戒めを。
「恋はいけません、魂を壊すから、
遊びはいいのです、魂を壊さないから」
介山の私生活は存じませんが。
投稿: 田主丸 | 2021年5月10日 (月) 19時55分
「白樺の小径」は大好きな歌です。
これまで、歌詞の内容を深く考えないで、聴いたり口遊んだりしていましたが、二木先生の《蛇足》や他の投稿の方々のコメントに触発されて、この歌の詩情について、思いを巡らせて見ました。
各番歌詞の末尾の、
♪きっと迎えにくるから 待っててと♪
言い残して、彼は去っていったと読取れますが、どういう理由で去ったのでしょうか。遠地での就職?、就学?
一方、歌詞2番から、彼女は、いつ彼が迎え来るかと待ち続け、いつしか、二人が出会った春は逝き、夏も過ぎ、秋が来てしまったと、半年の経過が綴られています。
このように、彼女が半年も待ち続けたことから、彼との別れの理由が、就職や就学などの長期的なものとすると、整合が撮れないように思います。
このことを踏まえて、この歌の概略ストーリを、私なりに描いてみますと、
『私(女)は、白樺の遊歩道がある、山の観光地に住んでいる。春のある日、彼が観光で訪れ、出会い、意気投合した。楽しいひとときを過ごした後、将来を約束し、彼は、”きっと迎えにくるから 待ってて”と言い残して去って行った。
その後、待てど暮らせど、彼は迎えに来ない。もう半年経った。恐らく、もう、彼は戻って来ないだろう。彼は、旅の高揚した感情に駆られ、約束してしまったが、現実に戻り、後悔しているのだろう。私は今、独り、”白樺の小径”を歩いている。楽しかったあの日の思い出を胸に抱きしめて、…。』
ついでながら、コロンビア・ローズさんの歌「哀愁日記」(西條八十 作曲、万城目正 作曲 S29)の出だしの、
♪山のひと夜の ゆきずりの
愛の言葉を 忘れかね…♪
と一脈通じるところがあるように思います。
投稿: yasushi | 2021年5月11日 (火) 13時13分
yasushiさまの概略ストーリーはままあることと思いました。
昔から海や山での恋愛感情は成就しないと言われています。そこで知り合った二人は素敵な自然環境の中、素直に感情が高ぶって恋愛感情が生まれてくるのでしょう。しかし旅人は日常生活に戻ると、旅先での良い思い出として既に記憶されてしまっている、でもその地域で暮らす人にとっては切ない思いとして残ってしまうのでしょうね。
投稿: konoha | 2021年5月11日 (火) 13時47分
この歌は私のカラオケ愛唱曲です。昭和26年といえば私9歳。どこで覚えたのか記憶がないのですが何となく知っていました。で、カラオケで歌ったのですが驚いたことに私より年輩の人達が誰一人知らなかったのです。
私の先輩の世代は演歌的心情が濃厚な時代に人となった所為か「白樺の小径」のような歌には共鳴しなかったのかな、という推測はーー多分、独断的すぎますね。
淡谷さんの歌は2番だけで終わるのが多く、ちょっと歌い足りない。そこで私はこの歌が好き過ぎて、敢えて自分用の3番の歌詞を作りました。御笑覧ください。
白樺の この径に
風が吹き 雪は舞い
薄き日に 佇むは
淋しこころの 影ひとつ
あの人は あの人は
わたしひとりを おいてった
風にふるえる あの言葉
きっと迎えにくるから 待っててと
平安女流文学に現れる女性像を「待つ女」と学者たちは規定しています。その淵源は万葉集、額田王のよく知られた歌、
君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く
あたりまで遡ります。
下っては「蜻蛉日記」、右大将道綱母の、
嘆きつつひとり寝(ぬ)る夜のあくる間はいかに久しき ものとかは知る
も待つ女の悲しみをストレートに歌っています。
平安時代の貴族は一夫多妻制の社会だったとはいえ女性たちは全面的に許容していた訳ではありません。
釈迦に説法みたいな駄弁を弄しましたが、「白樺の小径」は私としては「待つ女」の系譜に連なる歌と捉えたいのです。
額田王も右大将道綱母も「待つ女」として令和の今日になっても今なおその作品の中で待ち続けているような気がします。
淡谷さんには「誕生日の午後」という名曲があります。藤浦洸作詩、服部良一作曲。是非このサイトで採り上げていただきたいものです。これも2番までです。
それぞれ末尾の3行だけ紹介します。
わずか一年瀬の 月日の影
さだめの糸の 悲しさは
待てども来ぬ君よ
いまは はやのぞみも 夢と消えて
淋しくひとりで 迎えましょう
涙の誕生日よ
「淋しくひとりで迎えましょう」とは言っても諦念ではなく諦めきれぬ心のうちが切々と伝わってきます。待つ女に変わりはありません。
ただし、今や「待つ女」など存在するかという二木先生のお言葉はまさにその通りですね。一方「待つ男」があるとすればいとも簡単にストーカーに早変わりする危険な時代です。「待つ女」は貴重な歴史的な遺産として後世に遺したいものです。
投稿: ナカガワヒデオ | 2021年5月11日 (火) 16時50分
テレビ報道によれば、当地(近畿)では、今日梅雨明け。
梅雨が明ければ、夏山登山も本格化。私にとって、夏山といえば、先ずはブナやダケカンバや白樺を連想します。
心はやれど、もう歳ですので、自力による高山登山はままなりません。先年訪れた乗鞍高原の白樺林、北海道の白樺の小径(丘陵地の)など、写真で思い出しております。
さて、『白樺の小径』は、前の投稿('21-5-9)で触れました小柳ルミ子さんや木佐貫裕珠さんの外にも、何人かの歌い手さんがカバーして歌っているようです。例えば、和田弘とマヒナスターズ(さん)、青江三奈さん、佐良直美さん、森進一さん。
私が最近よく聴くのが、 和田弘とマヒナスターズが歌う『白樺の小径』です。コーラスのハーモニーが魅力的です。
投稿: yasushi | 2024年7月21日 (日) 17時54分