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2021年6月 6日 (日)

今週の明星

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:藤浦 洸、作曲:古関裕而

1 輝きよ 輝きよ
  今宵また うるわしく
  若き夢と あこがれの
  光のみ星よ

    (間奏─ナレーション)
   日曜の夜のひととき、
   流れくる歌の調べは
   思い出の歌、新しい歌
   みなさまの希望を乗せて輝く
   今週の明星××夜であります。

2 夜空高く 愛の星は
  若き胸に ささやき
  思いこめて 忍びよるは
  楽しい歌のみ星よ

《蛇足》 『今週の明星』は、昭和25年(1950)~昭和39年(1964)の14年間、NHKラジオ第一で放送された歌謡番組です。放送開始は1月8日で、毎日曜日夜7時30分から8時までの生放送でした。

 のちにテレビでも同時放送されるようになりましたが、受像機が普及し始めた昭和30年代半ばごろまでは、ほとんどの家庭ではラジオで聞いていたと思います。

 「家庭」と書いたのは、この時代から長い間、メディアは家庭単位で利用するのが普通だったからです。ラジオもテレビも、お茶の間で一家そろって楽しむというのが一般的な光景でした。
 メディアは個人単位で使うのが当たり前になった今、若い人たちには、歴史教科書のなかの世界にしか思えないでしょう。

 私も日曜日の夕食後、家族とラジオの前に座りました。そして、7時半になると流れてくる古関裕而作曲の「チャンチャラチャッチャ チャンチャラチャッチャ」を聞くと、さあ楽しいことが始まるぞと、ワクワクしたものです。

 『歌の明星』は、毎回、3名の歌手がそれぞれ3曲歌うというシステムでした。歌謡曲がおもでしたが、外国民謡やアメリカン・ポップスもあったように記憶しています。

 東海林太郎、霧島昇、伊藤久男、藤山一郎、岡本敦郎、林伊佐緒、高峰三枝子、二葉あき子、淡谷のり子、近江俊郎など、戦前から活躍していたベテラン歌手たちが、次々と出演しました。
 番組開始時8歳だった私が、戦前の歌をいくつも知っているのは、この人たちの歌を聞いていたおかげです。

 また、春日八郎、三橋美智也、美空ひばり、三波春夫など、戦後にデビューして昭和20~30年代の歌謡曲黄金期を支えた歌手たちの歌も、ほぼこの番組を通じて、私のメモリーに蓄積されました。なんとも懐かしい番組です。

(二木紘三)

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コメント

 なつかしいメロディー、覚えてますよ。「今週の明星」の最後の年が昭和39年、その時、中学3年でしたから、はっきりとは記憶はないのですが。古関祐而のこの強い弾むような調子のメロディーははっきりと覚えています。藤浦洸の歌詞はとても短いがキレのある言葉の並びで、すばらしい。藤浦さんは「私の秘密」に出演してましたね。私はファンでした。

 昭和39年といえば東京オリンピックの年だ。その時うちにテレビはなかった。先生が「学校は休みだ、家でテレビで観戦するように、テレビのない人は、頼んでみせてもらえ」と言った。オリンピック開幕の10月10日から3日ほど学校は休みになったのだ。
ええっ、「月光仮面」なら知り合いの近所の食堂でタダで見ることができたが、頼める人もいないよ。あまり興味もなかったので、何も見ずに翌朝の新聞で内容を知った。学校ってつめたいところだなあと、子どもながら漠然と思った。貧乏なものにつめたいというのが正しいかな。

 この時の私や弟の様子を見て、翌年に母親が独断でテレビを買ってくれた。母親も働いていたから、テレビ有害論者の父にそんなに気兼ねなどする必要はなかったのだ。テレビを買ったら有害論者が一番テレビにかじりついていた。15歳の頃というと自分が出来上がる頃ですね。とてもなつかしい気持ちです。

投稿: 越村 南 | 2021年6月 7日 (月) 08時44分

一番と二番、音の数が全く違うのですね。

投稿: hurry | 2021年6月 9日 (水) 20時06分

タイトルを見て、ああ有ったなと懐かしく感じました。曲を聞いて出だしは漠然としましたが、進むにつれて口ずさむようになりました。いかにも藤浦 洸/古関裕而コンビの作風ですね。あの頃、実に新鮮で子供心にも明るくモダンな歌でした。懐かしくも戦後の復興を象徴するような歌だったと思います。

投稿: 吟二 | 2021年6月 9日 (水) 20時22分

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