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2021年8月15日 (日)

想い出はアカシア

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:山口洋子、作曲:弦 哲也、唄:石原裕次郎

1 きれいになったね あのころよりも
  幸せなんだろ あいつとふたり
  めぐり逢えたら 人妻の
  銀の指輪が 痛かった
  想い出はアカシア
  別れの白い花

2 忘れたことなど 一度もないさ
  覚えているかい このペンダント
  ごめんなさいと 泪ぐむ
  俺も悪いと 眼をとじる
  想い出はアカシア
  二人の白い花

3 結ばれなくても 男の恋は
  胸の想いを 消さずに点(とも)
  きっといまごろ 札幌は
  夢も色づく 日昏れ刻(どき)
  想い出はアカシア
  瞼の白い花

《蛇足》 石原裕次郎は、昭和53年(1978)に舌下潰瘍の手術をして以降、次々と疾患が発見され、入退院を繰り返しました。
 昭和61年(1986)5月、高熱のため慶應義塾大学病院に入院、7月に退院してから、翌年4月までハワイで療養しました。

 この療養中に制作されたのが、『北の旅人』『想い出はアカシア』『わが人生に悔いなし』『俺の人生』の4曲。作詞・作曲は、前の2曲が山口洋子と弦哲也、あとの2曲がなかにし礼と加藤登紀子。
 制作されたといっても、すでに日本と行き来する体力がなかったため、オアフ島のドルフィン・スタジオで録音されたそうです。

 昭和62年(1987)4月、体調不良のため急遽帰国、慶應義塾大学病院へ入院したものの、恢復することなく、同年7月17日に死去しました。享年52歳。
 けっきょく、上記の4曲が彼の最後の作品となってしまいました。

 さて、上の歌は、恋人と思っていた女性が自分の友人と結婚してしまったというキツい設定。どこかで歯車がずれちゃったのね。ありがちなケースです。

 彼女が自分の友人と結婚したことは知っていたけれど、めぐり逢って彼女の指の結婚指輪を見たとたん、喪失感がいや増します。
 せめてもの救いは、彼女が幸福そうだったこと。一度は恋人であった女性が不幸になっていたのでは、辛すぎるもんね。

 これは前にどこかのページで少し触れたことですが、日本の童謡や歌謡曲に出てくるアカシアは、ほとんどがニセアカシアです。

 ニセアカシアは、北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木で、明治のはじめに日本に入ってきました。学名のRobinia pseudoacaciaのうちpseudoacaciaは、そのままニセアカシアの意(Robiniaはハリエンジュ属を示す)
 清純さを思わせる真っ白な花をつける木に、「ニセ」がついていたのではイメージが損なわれるということからでしょうか、いつごろからか、単にアカシアと呼ばれるようになったようです。

 「ニセ」がつかないアカシアは、マメ科ネムノキ亜科アカシア属の総称で、オースラリアやアフリカに分布する広葉樹。アカシア属のうち、黄色い花をつけるフサアカシアは、一般にはミモザと呼ばれています。
 もっとも、本来のミモザは、オジギソウ(学名:Mimosa pudica)のことだそうです。

(二木紘三)

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コメント

「想い出はアカシア」石原裕次郎の実質最後の吹き込み曲であり、私にとっても思い出深いこの唄が、まさかここにアップされようとは思いもよらず私はとても驚いています!

思えば石原裕次郎が他界したのは「昭和62年7月17日」で、もうあれから34年が経ちました。つくづく月日の流れの速さを実感させられます。
これは裕ちゃんが他界してまだ間もないころの話ですが、石原裕次郎ファンを自称するママさんがいる馴染みのスナックに行く度に、私は「北の旅人」「我が人生に悔いなし」「想い出のアカシア」この三曲を追悼の意も込めてよく歌いました。
そんなある日のこと、その店のママさんが思いに浸りしみじみと涙を浮かべながら聴かせてくれた唄がありました。それは昭和57年にあのシンガーソングライター五輪真弓が、裕ちゃんのために書き下ろしたという「思い出さがし」という一曲でした。当時、裕ちゃんファンの私でさえもこの唄のことは知りませんでした。

久しぶりねとうしろから ぽんと背中を叩いたひとがいる

振り向けばなつかしい 羞む様な君がいた

あれからどうしていたのかい 素敵な恋をしたのかい

そんなに綺麗になって 別れたこと悔やませるように

その日、めずらしく私以外には誰一人いなかった店のカウンターで、ママさんが歌うこの「思い出さがし」を初めて聴いた時、この唄の詩とメロディは「想い出のアカシア」をどこか仄かに彷彿させるものでした。この唄に魅せられた私は、すかさずその場でママさんに頼んではこの唄を何度も歌ってもらい、そしてその夜のうちにこの曲をマスターしました。今でもその時のことが忘れられません。

「石原裕次郎の世界」のCDアルバムを取り出しては、今でも「想い出はアカシア」を時々聴いていますが、その際には必ず「思い出さがし」を私は聴いています。この両曲は私にとってそんな想い出深い大切な唄でもあります。

投稿: 芳勝 | 2021年8月16日 (月) 15時08分

34年ですか。晩年の作品はしみじみとしたのが多いですね。「赤いハンカチ」の後日談なのだろうかと思いました。

投稿: Hurry | 2021年8月16日 (月) 18時31分

アカシアと言えば、中学生の頃、裕次郎さんの「赤いハンカチ」とか、西田佐知子さんの「アカシアの雨が止むとき」の曲が好きで良く口ずさんでいたことを思い出します。しかし、私はいまだにアカシアの花の実物を街中で「これがアカシアの花だ」と、特定することができません。そういえばエリカの花もそうです。

私の知っている花はと言えば小学生止まりで全てであるかのように思えます。桜、チューリップ、椿、水仙、ツツジ、れんげそう、スミレ・・・など。

いつか女性と二人で並んで歩いて、「これがアカシアの花ですよ」と教えてもらえたら・・・と年甲斐もなくロマンチックな妄想をしてしまいます。

投稿: yoko | 2021年8月17日 (火) 00時29分

札幌で二人はアカシアの花の下で愛し合い、アカシアの花の下で別れたのですね。 再会した女性への裕次郎さんの言葉が優しくて(私は以前は石原裕次郎さんの良さがわからずにいた人間なのですが)素敵だなと思います。「北の旅人」もそうですが、病の中でお心が澄んでお歌に味わいを深められたのだろうかと思います。

Yoko 様の「ロマンチックな妄想」は、妄想ではなく、素敵なお考えと思います。最近の映画「花束みたいな恋をした」に、「女の子に花の名前を教わると、男の子はその花を見るたびに一生その女の子ことを思い出しちゃうんだって」というヒロインの名台詞があるそうです。私は百日紅の花に小さな想い出があります。

投稿: kazu | 2021年8月17日 (火) 04時45分

 『想い出はアカシア』という曲、申し訳ないですが、まったく知らなかった曲です。
昭和62年、裕次郎が亡くなったのを聞いた時、ひとつの時代が終わったような気がしました.私は38歳で仕事が一番面白かった頃です。テレビは時々見る、それもニュースばかり、ラジオは全く聞いてない生活だったことを思い出します。
 私としては、初めて聞く思いの曲でしたが、いやあ、名曲ですね。過ぎ去った恋を思い出す落ち着いた男の心情、さすが山口洋子の歌詞、そしてくせのない素直な弦哲也の作曲。毎日、何度も聞いています。
 裕次郎の声は、少し元気がないように思いますが、最後の気力で歌を吹き込んだのでしょう。裕ちゃん、52歳でなくなるなんて早すぎますよね。72歳の私の気持ちです。
この曲、1番から3番まで「想い出はアカシア」という言葉で貫かれていますが、裕次郎も私の人生に貫かれる想い出の人です。

投稿: 越村 南 | 2021年8月17日 (火) 08時49分

山口洋子は男唄を書かせると見事に親しみがある愛の詞をかきますね。
「きれいになったねあのころよりも」本当は付き合っていたころの方が
きれいに見えたと思えるが。「銀の指輪が痛かった」これで今までの思い
も打ち砕かれた。「結ばれなくても男の恋は 胸の想いを消さずに点す」
男ってこう言う者でしょうね。

投稿: 海道 | 2021年8月17日 (火) 09時00分

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