別れの磯千鳥
(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo
作詞:福山たか子、作曲:フランシス・カイチ・ザナミ、唄:近江俊郎
1 逢うが別れの はじめとは
知らぬ私じゃ ないけれど
せつなく残る この思い
知っているのは 磯千鳥
2 泣いてくれるな そよ風よ
希望抱いた あの人に
晴れの笑顔が 何故悲し
沖のかもめも 涙声
3 希望の船よ ドラの音に
いとしあなたの 面影が
はるか彼方に 消えて行く
青い空には 黒けむり
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《蛇足》 第二次世界大戦後、ハワイの日系社会で活躍したハワイ松竹楽団のレコードして発売されました。発売時期は不明。
作曲者は、同楽団の指導者、フランシス・カイチ・ザナミ。沖縄出身の二世で、漢字で書くとフランシス・嘉一・座波。フランシスはフランシスコとしている文献もあります。
唄はメリー・テシマ(手島時子)で、レコード発売と同時にハワイの日系社会で大流行しました。多くのアマチュア二世歌手たちが次々とカバーしました。
作詞者の福山たか子については、詳細はわかりません。太平洋戦争の開戦前、ザナミが日本に滞在していたときに知り合ったようです。ザナミが、開戦前の最後の帰還船でハワイへ帰るとき、別れの気持ちを詩にして渡したという話が、ハワイの日系社会で語られています。これが、『別れの磯千鳥』の歌詞となりました。
こうしたいきさつや、詩の内容から、彼女は単なる知り合いや友人でなく、ザナミのガールフレンドかそれ以上の関係だったと推測できます。別れたあとの彼女の消息は不明です。
近江俊郎の唄でレコードが制作されることになった際、著作権の関係で福山たか子の所在を調べたそうですが、結局わからなかったようです。
ハワイの日系社会には、彼女は空襲で亡くなったという人もいるようですが、確かなことはわかりません。
ザナミは,1949年2月18日,急死しました。34歳という若さでした。翌19日には、ハワイ松竹楽団をはじめとした二世楽団のメンバーが、彼の作曲した曲を演奏して音楽葬を行いました。
ハワイの日系社会における『別れの磯千鳥』の人気は日本に飛び火、昭和27年(1952 )、近江俊郎の唄で大ヒットしました。その後、井上ひろし,日野てる子,エセル中田,美空ひばりなど、数多くの歌手がこの歌をカバーし、別れ歌の定番曲の1つになりました。
(参考文献:中原ゆかり〈立命館言語文化研究31巻1号〉)
恋は1つの物語であり、プロローグとエピローグがあります。プロローグは出会いであり、エピローグは別れです。
何かの機会に知り合い、出会いを重ねているうちに、相手への気持ちが変わってきます。
初めは好意程度だったものが、この人に恋するかもしれないという気持ちが芽生えます。そのうちに、相手に意外な美点があることを発見し、気持ちが高まります。スタンダールのいう第一の結晶作用です。
やがて、相手も私を愛していると確信すると、第二の結晶作用が起こります。これで本格的な恋が始まります。
恋はパトスの世界です。一度生まれたパッションは、加速度的に燃え上がります。
情熱の量や出し方は、人によって異なります。そのため、どちらかが相手の強すぎる情熱に懸念を抱いたり、こんな夢のような世界がはたしてずっと続くだろうかと冷静になったりして、2人の思いにズレが生じます。
このズレが"別れの予感"を生み、やがて現実になって、恋は終わります。
その後の状況は、どちらが別れを切り出したかによって違ってきます。
別れを告げられたほうは、突然対象を失った情熱が自分に向い、刃物のように心を傷つけます。別れを告げたほうは、相手を傷つけたという苦さが心の傷となります。
しかし、この傷は悪いことばかりではありません。強い辛さ、悲しさ、後悔が心に刻まれることによって、何十年経っても、その恋を思い出すことができます。そして、年を経ると、それは甘やかな記憶へと変わっていくのです。
「恋は別れで終わるとはかぎりません。私たちは熱烈な恋を経て、結婚しました」という人は多いでしょう。
しかし、恋人同士が結婚することによって、夢の世界から現実世界へという一種のパラダイムシフトが起こっているのです。
結婚してもしばらくは恋人気分が続く人もいるでしょうが、すぐに仕事・生計・親類や隣人たちとの付き合い、子育てといった現実に取り囲まれるようになります。
結婚したことによって恋は終わり、夫婦愛という別種の精神世界に移行するのです。
恋はフィクション、結婚生活はノンフィクションといっていいのではないでしょうか。あるいは、恋は小説、結婚生活はルポルタージュとも。
(上のプレイヤー横の絵はAIドローイングで描いたものです)。
(二木紘三)
コメント
好きな歌『別れの磯千鳥』が登場し、とても嬉しく思います。
二木先生の《蛇足》にありますように、作詞者の福山たか子さんが、太平洋戦争の開戦前 、ザナミ(作曲者)さんが、最後の帰還船でハワイへ帰るとき、別れの気持ちを詩にして渡し、これが、『別れの磯千鳥』の歌詞となった、との歌詞の背景に心惹かれます。
という訳で、ハワイアン風の明るく美しいメロディの中にも、別れの哀愁感、戦雲迫りくる圧迫感が漂います。
『別れの磯千鳥』に関して、前に”交流掲示板”に二度投稿したことがありますが(’20/11、’23/3)、そこ(’20/11投稿)でも述べましたように、歌詞2番には、助詞の使い方に絡む少し異なるバージョンがあり、気になるところです。
本編掲載の歌詞2番は、
2 泣いてくれるな そよ風よ
希望抱いた あの人に
晴れの笑顔が 何故悲し
沖のかもめも 涙声
とあり、1行目の”泣く”の主語は”そよ風”、そして、これに呼応して、4行目の”沖のかもめも 涙声”と、泣く主体が複数あると理解されます。
一方、「昭和の歌謡曲②」(新興楽譜出版社 昭和48年11月1日 改定第5版)によると、歌詞2番は、
2.泣いてくれるな そよ風に
希望(のぞみ)抱いた あの人に
晴れの笑顔が なぜ悲し
沖のかもめの 涙声
とあり、 ”そよ風に”(1行目)、”沖のかもめの”(4行目)と、末尾の助詞が異なります。この歌詞では、1行目の”泣く”の主語は、4行目の”かもめ”となります。そして、”そよ風”については、 ”そよ風(ハワイのこと)に 希望(のぞみ)抱いた”と、抱く対象と理解されます。
つまり、平たく言えば、”ハワイに帰って、新たに活動しようと、希望を抱いているあなたに、旅立ちを祝って、晴れの笑顔で送り出そうと思っているのに、どうして、沖のかもめは悲しそうに泣くのだろう。”
このように、情景を思い描くとき、この歌に対する愛着が一層増してくるのを憶えます。
投稿: yasushi | 2023年6月12日 (月) 17時11分
日頃、倍賞千恵子さんによる『別れの磯千鳥』を聴いて癒されています。彼女の、素直な、明るく美しい歌声はとても魅力的です。
さて、この歌は、♪逢うが別れの はじめとは 知らぬ私じゃ ないけれど…♪で始まります。”逢うは別れのはじめ”と、いきなり、人生哲学的なフレーズが登場しますが、二木先生の《蛇足》にありますように、この歌が、戦争によって引裂かれる、お互いに好意を持つ男女の別れを謳ったものであることから、分かるような気がします。
つまり、同じ別れでも、当人同士の”好きだ、嫌いだ”による失恋のほか、もっと大きな力による別れ(家の事情、遠地への留学・就職、戦争による引裂かれ、戦地への出征、更には、死別など)もあり、これらの場合、人生の無常を思い知らされるでしょう。
なお、歌詞には、戦争を想起させるフレーズは見当たりませんが、この歌ができた背景から、末尾の、♪青い空には 黒けむり♪の”黒けむり”は、迫りくる戦雲を暗示していると思うのです。
ついでながら、同様に、別れについての人生哲学的なフレーズが出てくる歌として、
『惜別の歌』(島崎藤村 原詩、藤江英輔 作曲)
を連想します。
歌詞2番の出だし部分は、♪別れといえば昔より この人の世の常なるを…♪とあります。 この歌では、戦地への出征という別れと捉えます(原詩では、遠地嫁ぐ姉と妹の別れ)。人生における避けられない離別が謳われ、無常観が漂います。
つい、話が暗くなってしまいました。別れの歌に関ることとして、ご容赦のほどを。
投稿: yasushi | 2023年6月18日 (日) 13時34分
”うた物語”に掲載されたのを機に、ちょくちょく、この歌を聴いております。
聴けば聴くほどに、なかなかいい歌だなあと感じております。
二木先生の《蛇足》によりますと、”その後、井上ひろし,日野てる子,エセル中田,美空ひばりなど、数多くの歌手がこの歌をカバーし、…”とあります。
これまで、近江俊郎さん、倍賞千恵子さんの歌声を聴いておりましたが、他の歌い手さんの歌声も聴いてみたいとの思いが強くなり、YouTube検索しましたら、エセル中田さん 、石原裕次郎さん、美空ひばりさん、井上ひろしさん、日野てる子さん、フォレスタさん他の歌声に出会うことができました。
これらの歌い手さんの歌声は、どれも個性的で素晴らしいですが、なかでも、エセル中田さん 、日野てる子さんの歌声はとても新鮮に感じます。女性が歌うハワイアン調の『別れの磯千鳥』だからでしょうか、私のお気に入りです。
投稿: yasushi | 2023年7月19日 (水) 15時50分