ブルーシャトー
作詞:橋本 淳、作曲:井上忠夫、唄:ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
|
森と泉にかこまれて きっとあなたは紅いバラの 夜霧のガウンに包まれて きっとあなたは紅いバラの 夜霧のガウンに包まれて |
《蛇足》 昭和42年(1967)3月15日に日本コロムビアのレーベルでレコードが発売されました。発売後1年間で150万枚売り上げる大ヒットとなりました。第9回日本レコード大賞受賞。
歌ったのは、ブルコメの愛称で親しまれたグループ・サウンズ「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」。橋本淳の詞にリード・ヴォーカルの井上忠夫(のちに大輔と改名)が曲をつけました。
グループ・サウンズとは、ビートルズやベンチャーズ、ローリング・ストーンズなどの強い影響下、歌謡曲中心の日本の大衆音楽状況を一変させようと結成された一連の音楽ユニットを指します。強烈なビートのブルース・ロックやガレージ・ロック、サイケデリック・ロックなどを演奏し、かつ歌唱しました。
昭和40年(1965)から5年間ほどが最盛期で、若者たちには熱狂的に支持されましたが、大人たちには嫌われました。
ところが、ブルー・コメッツの曲は大人たちの不興を買うことがほとんどなく、とくに『ブルーシャトー』はオジサン、オバサンたち、さらには子どもたちにも愛唱されました。その理由は、曲調と演奏スタイルの両面から説明することができます。
『ブルーシャトー』はハイテンポでビートが効いているので、ロックだと思われていました。これを洋楽ではなくて歌謡曲だと指摘したのは、音楽評論家で作詞家の湯川れい子です。
彼女は、この曲は「四七抜き(よなぬき)短音階」を基調とした歌謡曲だと主張しました。
「四七抜き」とはファとシがない日本独特の曲調で、多くの童謡や歌謡曲がこの音階で作られています。子どものころから馴染んできた曲調なので、口やかましい大人たちも『ブルーシャトー』には抵抗感がなかったのでしょう。
次に演奏スタイルですが、同じ音楽ユニットでもムード・コーラスは、メンバーはバックコーラスも含め歌唱だけを行います。リーダーなどが楽器を演奏するグループもありましたが、伴奏は別のバンドが行うのが通例でした。
いっぽうグループ・サウンズは、メンバー全員が楽器を演奏しつつ歌います。楽器は派手な音を出すエレキ・ギターやエレキ・サックスなどで、ドラムスも強烈なビートを叩き出します。
ビジュアルも、肩までかかる長髪に、ミリタリールックやモッズファッション、フリル付きのシャツといった空想の世界のようなコスチュームが特徴でした。
コンサートでは、耳をつんざくような大音響と、スターたちの異装や派手な動きが異空間を作り出しました。そこでは忘我と恍惚に身を浸すことができ、若者たちはそれに惹かれたのです。
この時代、大人たちは長髪というだけで不良と決めつけていましたから、子どもたちがそのコンサートに行くのを禁止していた親や学校が多かったといいます。
禁止を破ったため、停学や退学にされたというニュースが流れたことも、何回かありました。
しかしブルー・コメッツは例外でした。ロックにこだわったグループが多かったなかで、グループ・コメッツは歌謡曲風の作品をリリースし続けました。歌謡曲風といっても、演歌風ではなく、洋楽っぽいメロディです。
曲調より違ったのはビジュアルです。
全員が短髪で、スーツにネクタイ、ポケットチーフ、革靴で揃えていました。ネイビー・ブルーのブレザーを着たこともありましたが、毎朝丸の内に通っているといってもおかしくないようなスタイルでした。
ひとことでいえば、大人たちの "常識" に逆らわないファッションで通したのです。
こうしたことが『ブルーシャトー』の大ヒットにつながったのでしょう。
同じメロディの繰り返しが多いので、覚えやすいうえに、シャトーとか、バラの香りに涙を流すといった、それまでの歌謡曲にはなかったフレーズも、人を惹きつける要素になりました。
会社の飲み会などで、「わしァ、こんな新しい歌を知っておるぞ」などと得意げに披露したオジサンがよくいたそうです。
子どもたちが下のような替え歌を喜んで歌っていたことを覚えている人も多いでしょう。ルのつく食べ物が見つからず、ルンペンにしたのが笑えます。
森とんかつ、泉にんにく
かーこんにゃく、まれ天丼
静かにんじん、ねむーるんぺん
ブルー、ブルー、ブルーシャトー
〈注〉タイトルは『ブルー・シャトー』と中黒を入れるのが一般的ですが、JASRACのデータベースでは『ブルーシャトー』を正題としているので、ここではそれに従いました。
『ブルーシャトー』の動画版をアップロードしました。リンクをクリックしてください。
(二木紘三)



コメント
替え歌懐かしいです。
私が中学生の時にヒットした曲です。当時先生たちやPTAからは、GSは低俗なモノだと否定的に言われていましたね。でもテレビをつければ半自動的に流れてくるので否応なしに歌詞を覚えてしまいました。
ところでこの『ブルーシャトー』という曲名ですが、〈blue〉は英語なのに〈chateau〉は多分フランス語なので、英語とフランス語が混淆していてちょっとおかしいのではなどと子供心に思ったりもしました。
今回この曲がupされたのを機会に手元の英和辞典を調べてみたのですが、元は確かにフランス語ですが、既に英語の1単語として認められているようです(研究社『コンパスローズ英和辞典』2019年3月 3刷)。私の浅慮だったわけですね。
これからも機会があれば他のGSの曲も取り上げていただければ幸いです。
投稿: DH | 2026年3月23日 (月) 01時56分
「ブルーシャトー」ジャッキー吉川とブルー・コメッツが歌ったこの大ヒット曲は、まさにグループ・サウンズの黄金期を象徴する作品だったと私は思います!
他のグループ・サウンズに比べると、その歌唱力と演奏力はあきらかに抜きん出ていました。私は前年にヒットした「青い瞳」を聴いて以来、ブルー・コメッツのファンになりました。また作曲家でもあった井上忠夫のフルート演奏と器用な手回し技にも当時の私は俄然魅力を感じていったものです。
そして、その翌年にスマッシュヒットしたこの「ブルーシャトー」が待望のレコード大賞を勝ち取ったとき、私はあまりの嬉しさに、テレビの前で『ヤッター』と大きな声で叫んだことを憶えています。
当時、私は中学一年生でしたが、<蛇足欄>に記されたこの替え歌は私もよく歌いました。『歌い文句』も全く同じで、結局この替え歌は全国共通語だったのですね(笑)
特にブルー・コメッツの「ブルーシャトー」ザ・スパイダーズの「夕陽が泣いている」ザ・ワイルドワンズの「想い出の渚」ザ・ゴールデン・カップスの「長い髪の少女」パープル・シャドウズの「小さなスナック」等々、好きな曲を数えたらキリがありませんが、私は今でもグループ・サウンズ一連のヒット曲が無性に聴きたくなり、時折YouTubu視聴にて中学生当時の自分を懐かしんでいます。
そして、私が今でも忘れられないのは、グループ・サウンズが急速に全盛期を迎えていくその一方で、それまで歌謡界の四天王と云われていた、橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の人気に陰りが見え始めたのもちょうどそのころでした。
俗に『流行歌』とはよく云ったものだと、私は今更ながらですが改めて実感させられる次第です。
投稿: 芳勝 | 2026年3月28日 (土) 17時22分
題名について
1. ・ なかぐろ
最近、橋本淳さんの自筆の歌詞を見たのですが、
確かに「ブルーシャトー」となっていました。
いつ ・ が紛れ込んだのでしょうね。
2. シャトー は何語?
DHさま仰せの通り英語にもなっているようです。
フランス語ならふつう
château bleu
ですね。
googleに発音させてみるとほぼ
blue chateau ブルー シャトー
bleu château ブル シャト
でどうも英語の方が近そうです。
60年近く誤解していました。
投稿: Hurry | 2026年4月 2日 (木) 23時02分